第3話

__数時間後


珠空さんや使用人さんの方の協力を得て、あかねさんの大掃除を行った結果。あかねさんの部屋は見違えるほど綺麗になった。僕の家でも姉さんがズボラな性格なため、よく僕が姉さんの部屋の整理整頓をすることがあるのだが、その経験が役に立ったのか、わりと早い時間で進んでいった。というか、使用人さんと珠空さんの2人の力がすごい。


「だいぶ綺麗になったね」


「わぁぁ、ベッドがひろーい!!」


綺麗になったことにより広くなったベッドにあかねさんは思いっきりダイブした。


僕もかなり満足の掃除ができたと思う。


「ありがとう、月波くん!!」


「どういたしまして」


満面の笑みでお礼を言われて嬉しく思った。


時刻はすでに午後5時を回っていた。


これだともうゲームをするのも時間の問題だな……


「あかねさん、これからどうしようか」


「どうって?」


「学校のこと。僕たちはあくまでただのクラスメートでしょ? それなのに学校で周りの人に僕があかねさんのお世話係なんて言ったら騒ぎになっちゃうからさ」


僕とあかねさんは表向きはただのクラスメートで、話したことすらない陰キャとお嬢様だ。そんな僕たちが現在進行系で一緒の家にいますなんて言おうものならすぐさま男子や女子から囲まれるに違いない。


「むっすぅぅ……」


「えっと……あかねさん?」


なぜかあかねさんは頬を膨らまし、ひどくご立腹のようだ。僕何かまずいこと言ったかな? それとも餌をたくさん口に入れたハムスターかな?


「月波くんのそういうところ嫌い……」


「ごめんごめん。でも、仕方がないんだよ。僕とあかねさんとじゃ住む世界が違うんだよ」


「ふんっ!」


「ええ……」


完全に怒らせてしまった。これは非常にまずい。


あかねさんの家で住み込みの仕事(?)を初めて初日であかねさんを完全に怒らせてしまった。


どうすれば……あ、そうだ。


「あかねさん」


「……え?」


あかねさんが振り向いた途端に僕はあかねさんを抱きしめた。


「ちょ、ちょっと月波くん?! 何やってるの?」


「あれ、もしかして恥ずかしいの? 怒ったときとか悲しい時は珠空さんにやってもらってるのに」


「そそそ、それはお母さんだからであって……その、月波くんは男の子だし……」


「あはは、顔赤いよ」


「誰のせいだと……」


僕はあかねさんを抱くのを辞め、あかねさんをよく見た。顔が赤くなってしどろもどろしているあかねさんを見て素直に可愛いと思った。


「あかねさん。これは僕だけのためじゃない。あかねさんにとっても大事なことなんだ。あかねさんが学校生活を何事もなく過ごせるようにしなきゃいけない」


僕はあかねさんに詳しく、端的に説明した。


この関係を秘密にしたほうが良いメリット、この関係が終わらないようにするための手段だということ、僕は話せるだけのことを話した。あかねさんは話している間顔を見てくれなかったけど、まあ、大丈夫だろう。


「それともあかねさんはこの関係があっさり終わってほしい?」


「……嫌ですけど……」


あかねさんはそれだけ言うと口ごもってしまった。あかねさんにも思うところはあるのだろう。でも、仕方がないことだ。だから僕はもう一度、もう一度だけあかねさんを抱いた。


「大丈夫ですよ。学校でこの関係を隠したからと言ってこの関係が終わることはないですよ。僕はいつだって力になりますから」


「なんで、そこまでのことをしてくれるんですか?」


「だって、僕はあかねさんのお世話係ですから。あかねさんの辛いことも、楽しいことも見守る義務があります。だから僕は、あかねさんの言う通りにします。でも、僕とあかねさんが何事もなく過ごせるようにすることも大事だと思ってます」


「私、わがままですよ?」


「大丈夫です。慣れているので」


「ズボラな性格で、どんくさい……」


「フォローします」


「でもっ」


「大丈夫。あかねさんがどんな性格でも、僕は見捨てませんよ」


僕はまっすぐあかねさんの目を見た。涙目のあかねさんが僕のことを見ていた。


どんな顔をしていても美しい顔を崩さない。僕はこの顔を守らなければならないのか。


__数分後


「あら、月波くん」


「すみません、あかねさんは部屋から出るのにはもうちょいかかるかもしれません」


「いいのよ、あかねのタイミングで」


夜ご飯を食べに僕はダイニングへと向かった。既にご飯の用意を終えていた珠空さんと大輝さんは食べ始めていた。


「どうだい、あかねとは上手くやれそうか?」


「まあ、なんとか。あかねさんのお世話係であればもっとよく知らないといけない気がするので、これからですかね」


「そうか、これから長くなるかもしれんが、頼むぞ」


「はい」


僕は珠空さんが持ってくれるご飯を口に入れつつ、大輝さんと僕の普段の生活のことを話した。珠空さんも大輝さんも僕の様な一般家系の生活にとても興味があるようで、気になったことは間髪入れずに質問してきた。そのせいか、会話が途切れることなく、楽しい時間を過ごせた。


「うーん、やっぱり実感が湧かないな……」


夜ご飯を食べ終え、部屋に戻った僕はそんなことを考えていた。


クラスでも目立つことのない陰キャな僕が、学校のマドンナであり、あの天月財閥のご令嬢のあかねさんのお世話係になるんて初日で受け入れろなんて、到底できそうにない。


「でも、あかねさん、普通の女の子だったな……」


ベッドの上で涙目になりながら、僕の腕の中で抱かれていたあかねさんは普通の女の子だった。ご令嬢だというレッテルを貼られて、まわりからチヤホヤされる気持ちは僕には想像できない。でも、悲しい時に泣いて、嬉しい時に笑って、怒りたいときには怒って、そんな感情の豊かな女の子だと純粋に思う。


周りになんと言われても折れないその心に僕は尊敬した。


「……明日は学校か」


僕とあかねさんの関係を守るための最大の壁、学校。下手したらただの騒ぎでは済まない可能性だってある環境下で、僕はどうすればいいのか。いつも通り振る舞うことはできなくはないが、ちょっとしたことでボロがでるかもしれないから気をつけなければ。


そんなことを考えながら僕は眠りについた。


__翌日


「おはようございます」


「おはよう。早いのね」


「まあ、家では早起きを大事にしてましたから」


「あらあら、健康なことで」


朝が強い僕はいつも通り早起きをしてダイニングに向かった。


ダイニングに顔を出すと、珠空さんと使用人さんの月島薫さんが朝食の準備をしていた。僕も何か手伝えることはないかと思い、できたての料理を机に配膳した。普通にやっていることは僕の家とほぼ変わりない。


「月波くん、もしかして学校に行く時間も早いのかしら?」


「あ、はい。この家からだと若干距離が遠いので、いつもより早めに出ようかと思ってます」


「それなら、あかねを一緒に連れて行ってくれないかしら。あの娘ったら毎日のようにぎりぎりに起きてきて、慌てて車で送っていくのよ」


「マジですか?」


驚いた。


まさかあかねさんが朝に弱いなんて……毎日のように華麗に登校しているからてっきり朝は強いものだと思っていたのだけど、朝が弱くて、寝坊しそうになっていたなんて予想もしてなかった。というか、寝坊しそうになっているのに学校に来たら容姿が整っているなんて、どんな切替速度???


「家を早く出るついでに起こしてもらえると助かるわ。私達だとあかね部屋に入れてくれないから、ねえ?」


「はい」


月島さんでも部屋に入れないということは相当苦労するだろう。


仕方ない、ここは引き受けるか。


「分かりました。後で部屋に行ってみます」


「助かるわ〜ありがうね」


「いえいえ」


「おはよう」


「あ、おはようございます、大輝さん」


「お、早いな月波くん」


「この子のほうが優秀よ」


「そうだな、いっそこのまま家族にしてしまおうか」


「またまた、ご冗談を」


「いや、本気だが?」


「え……?」


大輝さんが起きてきたことでまた一段と雰囲気が変わった。一家団欒とはこのことを言うのだろう。家族でも、家族じゃなくても、みんなで囲んで食べる食事はいつもより美味しく感じる。



朝食を食べ終えたあと僕はあかねさんを起こしに部屋に向かった。


「あかねさーん、起きてるー?」


昨日と同様、最初は返事がない。まだ寝ているのだろうか。


「また無断で入ると怒られるかもしれないからな……」


昨日のように無断で入って罵倒されてしまうわけにはいかないから、どうしたものか。でも、起こさないと珠空さんのお願いだから、あーもういい。どうにでもなれ。


僕は特に躊躇することなく、部屋のドアを開けた。


「あかねさん、起きてる?」


部屋に入った途端に目に入ったのはこの時間帯でもまだぐっすり寝ているあかねさんだった。なんでこの人は部屋に人が入っても目を覚まさないんだ?


「あかねさん、起きてください。学校に遅刻しますよ」


「んん……」


無防備過ぎないか?


男を前にこんな寝声を立てながら起きないなんて。ズボラな性格っていうのは少しめんどくさいものだ。


体を揺すっても起きないため、僕はあかねさんの鼻を摘んで無理やり起こすことにした。


「んぐっ……!」


「あ、流石に起きた」


「ん……つきなみくん……?」


「おはようございます、あかねさん」


「おはよう……」


目を掻きながら体を起こすあかねさんに挨拶をして僕はベッドから少し離れた。


寝ぼけているのか少しあたりを見渡してから僕の顔をじっと見た。


「むふ〜月波くんだ〜」


「ちょ、あかねさん?!」


「んふふ〜」


本当に寝ぼけているからなのか起きるやいなや僕に抱きついてきた。この人、普通にこんなことして羞恥心とかないのか?


甘えてくることは悪いと言わないけど、いきなりこんなことをされると心臓に悪い。距離の詰め方とかやばいでしょ。


「ほら、あかねさん。その辺にしておいて朝食を取ってきてください」


「えーいいじゃん。もう少し〜」


「ええ……」


この人、こんなに力強いのか?


寝ぼけているからと言っても朝からこれは流石にきつい。


「わかった。朝食を食べ終わったら学校行くまでこうしていてもいいから、朝食を食べに行ってきてください」


「むぅ……月波くんのケチ……じゃあ、抱っこして」


「うん? はい? 今なんて?」


「だから抱っこ……して?」


(待て待て、この人本当にいったんじゃないか?)


抱っこしてなんて普通に女の子がお願いするもんじゃないでしょうに。というか、どう考えてもまだ会って2日目の僕にお願いするようなことじゃない。


「してくれないならずっとこうしてるからね」


上目遣いで更に抱きしめる力を強めてくるあかねさんに僕の心臓は限界に近かった。


これ、もうやばいわ。僕の思考はフリーズした。


「わかった、わかったから許して……!!」


「じゃあ、早く」


「はい……」


僕は諦めてあかねさんを抱っこすることにした。とはいえ、お姫様抱っこという方が良いのかもしれない。


陰キャな僕が美少女をお姫様抱っこするというこの構図は他の人に見られたら結構ヤバい。


「あらあら、朝から高カロリーね」


「お陰様で」


「頑張ってね、月波くん」


「は、はい…」


ダイニングにあかねさんを連れて戻ると、珠空さんに甘い視線を送られた。


一方あかねさんは何事もなかったかのようにご飯を食べ始めた。人の気も知らないで。


「月波くん、ちょっと良いかしら?」


「あ、はい」


珠空さんに小声で呼ばれて僕と珠空さんはダイニングを出て話すことにした。


「そのね、学校のことなんだけど」


「ああ、そういえば珠空さんにも話さないといけませんでしたね」


基本的にあかねさんの世話をしているのは使用人である月島さんだが、やはり学校関係のこととなると珠空さんの管理感にあるみたいだ。


「月波くんとあかねの関係って学校でバレるわけにはいかないでしょう?」


「そう……ですね。あくまで学校での僕たちは特に接点もありませんし」


「だからこそ、月波くんにはしっかりしていてほしいの」


「どういうことですか?」


「その__」


珠空さんが僕の耳元で小声でつぶやいた。


「え、それってマジですか?」


「ええ、大マジよ。私はあなたを信頼しているからお願いしてるのよ」


「そっすか……」


どうしたものか……


珠空さんが僕のことを信頼してもらえているのなら嬉しいけど、このお願いは引き受けるべきか、下手したら僕の高校生活が2年目にして終了する可能性がある。昨日、あかねさんとは学校ではこの関係を隠していく方針で行こうとは話したのだけど、あかねさんがそれで納得しているとは思っていない。だから、学校での生活は静かに過ごせるのことが一番だが、それによってあかねさんのためにならなければ意味がなくなってしまう。


出会ってまだ2日目。それなのにここまでの信頼を得たことが不思議だった。あかねさんがなぜここまで俺を頼って、甘えてくれるのか。


本はといえ、僕がこの天月邸に来たのはあかねさんと大輝さんの親子喧嘩の仲介に入るためだ。それなのに僕はなぜ、あかねさんや珠空さんに世話になっているのだろうか。もしかしたら__


いや、辞めておこう。この考え方は無粋だ。


「わかりました。僕にできる限りのことはしますね」


「そうしてくれると助かるわ」


「こちらこそ、頼ってくれて感謝しまてます」


「ふふ、月波くんは本当に目上の人に対しての接し方が上手ね」


それだけ言うと珠空さんはあかねさんのもとに向かった。


僕はその後ろ姿を追ってから部屋に戻った。

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