第9話 本物のプリンスの登場(1)

 

「あのっ……殿下! これよかったら食べてください……! 頑張って作ったんです……!」


 ある日の午前の講義終わり、教室でオリアーナのところに行列ができていた。


「ありがとう。これは……クッキーだね。熊に猫……こっちはうさぎかな? 可愛くて食べるのが惜しいな」

「そ、そんな……っ。もったいないお言葉です……っ」

「あとでいただくね」

「はいぃ……」


 恒例――殿下への貢ぎ物の時間だ。

 オリアーナは、愛想よく微笑みながら手作りクッキーが収められた箱の蓋を閉じた。

 相手の女子生徒の方は、うっとりとした表情で頬を朱に染める。


 最後の女子生徒を見送り、オリアーナは息を吐いた。


(みんなの気持ちはありがたいけど……持ち帰るのが大変なんだよね)


 机を埋め尽くす贈り物の数々。食べ物に関しては、屋敷の使用人たちに分けたりしている。そんなオリアーナの隣で、ジュリエットが両頬に手を添え、恍惚とした表情で呟いた。


「相変わらずの人気ぶりですわね、オリアーナ様。わたくしも、皆様に負けないように精進いたしますわぁ……!」

「ジュリエット。君は少しは――自重しよっか」


 ジュリエットをいぶかしげに見つめる。


 机の上にでかでかと佇むオリアーナの等身大彫像。滑らかな曲線を描いていて、細部まで精巧な作りをしており、高さが2メートル近くある巨大な作品。

 しかも――チョコレートでできている。


「あら、お気に召しませんでした? こちら、うちの専属パティシエたちに一週間かけて作らせましたの。もちろん、レイモンド様がモデルですのよ?」

「パティシエに何させているんだよ。気に入るも何も……これ、どうしたらいいの?」

「普通に食べていただいて結構ですわ。ほら、あの小指のあたりとかどうです?」


 そう言って躊躇なく彫像の小指を折る。欠けた小指を口に入れてこようとする彼女に、若干のサイコパスっぽさを感じる。

 チョコレートとは言っても、自分の形をしたものを食べるのはいささか躊躇われる。本当にどうしたものか。


「わたくしはいつもオリアーナ様の美貌から糖分を浴びるように摂取していただいているので、これはせめてものお礼ですわ」


 チョコレートの彫刻の始末について頭を悩ませていると、教室の扉が乱暴に押し開かれた。


 ――バンッ。


「おいっ! このクラスで『殿下』って呼ばれてる奴はどいつだ!」


 いかにも不機嫌そうに立っているのは、さらさらした深みのある銀髪に、ぱっちりとした紫の瞳をした青年――リヒャルド・ギーアスター。オリアーナも知っている相手だ。

 そして、できることなら相手にしたくない人物。面倒事の予感しかしない。


「殿下ならそこにいるよー」


 シラを切るつもりが、親切な生徒があっさりと教えてこちらに指を指した。


「ああっ! やっぱりお前か! レイモンド! 生意気なヤツめ」


 リヒャルドはつかつかとこちらに歩いてきて、机をバンッと音を立てて叩いた。


「お前ばっかりチヤホヤされてずるいぞ。なんでお前が俺を差し置いて殿下なんて呼ばれてるんだ。本物の王子は――俺なのに……!」


 そう。彼はヴィルベル王国の第三王子。血筋から正真正銘の王子である。王家とアーネル公爵家はその成り立ちから縁が深く、リヒャルドとも面識はあった。リヒャルドは昔からレイモンドと親しく、やたらと張り合おうとしていた。オリアーナはというと、面識があるだけでほとんど親交はない。

 今のところ、セナの認識制御の魔法の効果で、目の前にいるレイモンドの正体には気付いていないようだ。


「別にチヤホヤなんて……」

「とぼけるな! このプレゼントの山はどう言い訳するつもりなんだ?」

「ありがたいことだよね」

「そういう澄ました感じがますます気に入らないな」


 リヒャルドはふんと鼻を鳴らした。もはや何を言っても不興を買ってしまう気がする。


 すると、彼の視線がジュリエットが持ってきた巨大な彫像に留まる。


「なんだこのでかい彫像は」

「特製、レイモンド様像ですわ。壮麗で素晴らしいでしょう?」

「とくせいれいもんどさまぞう……」


 ドン引きしたリヒャルドはジュリエットに半眼を向けた。


「浮気か? あんだけオリアーナ嬢に執心してたのに」

「ふふ、浮気だなんてとんでもないですわ」


 そう。浮気なんてとんでもない。認識操作の魔法さえ看破してしまうほど、オリアーナへの愛は本物だ。

 ジュリエットが意味ありげに笑うと、リヒャルドは不思議そうに首を傾げた。目の前にいるのがオリアーナだとは知りもせずに。


 リヒャルドは、こちらにびしと指を立てた。


「こうなったら、どっちが王子にふさわしいかどうか勝負だ!」

「ふさわしいも何も、あなたは正真正銘の王子ではありませんか。張り合う必要なんてないでしょう?」

「うるさいぞ。これは依頼じゃなく命令だ。分かったな」


 それだけ言い残し、彼は踵を返した。


 嵐のように過ぎ去って行ったリヒャルドの背中を見送りながら、ジュリエットがふふと笑った。


「これが決闘というものでしょうか。青春ですわねぇ。わたくし、お弁当を持って応援に行きますね!」

「もしかして面白がってる? 子どもの運動会じゃないんだから。茶化さないでよ」


 オリアーナは、面倒事の予感がして肩を竦めた。

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