第10話 本物のプリンスの登場(2)

 

 リヒャルドから宣戦布告(?)を受けてからというもの。他クラスとの合同体育の時間が決戦の場になり、幾度となく勝負を挑まれている。


「レイモンド。今日はやけに元気ないね」

「いや……ちょっとね……」


 心配そうにこちらの顔色を窺うセナ。オリアーナを悩ませているのは、勝負をしつこくふっかけてくるリヒャルドのことだ。


「おいレイモンド! 今日こそ決着つけるぞ!」


 体育着姿で、意気揚々とこちらに駆け寄って来たリヒャルド。オリアーナが困惑していると、セナが呆れたように息を吐いた。


「リヒャルド王子も懲りないよね。前回の長距離走もその前のボール投げも物の見事に完敗だっただろ?」

「うぐっ……で、でも今日は剣術だ! 俺は剣の腕には自信があるんだ」

「……俺、レイモンドが剣で負けたとこ見たことないけど。レイモンドに戦いを挑みたいなら、軍隊でも連れて来ない限り厳しいと思うよ」

「軍隊」


 セナが言う、負けたことがない剣士とはレイモンドではなく女のオリアーナの方だ。本物のレイモンドは、純粋な運動神経ではオリアーナに劣る。


(今日はちょっとだけ手加減しようかな)


 連敗ばかりでリヒャルドが気の毒になってきて、ぼんやりとそんなことを考えていると、リヒャルドがそれを見透かしたように言う。


「お前。手抜きとかしたら許さないからな」

「……分かり、ました」




 ◇◇◇




 授業が開始し、修練場でオリアーナとリヒャルドが対峙していた。剣が未経験の生徒が多い中で、お手本としてリヒャルドが立候補したのである。――相手にオリアーナを指名して。


 本物の王子と、女子から敬愛される王子の対決ということで、お祭りのようにギャラリーが盛り上がっていた。


「ようし。来い、レイモンド」


 木剣を構えたリヒャルドが強気に口角を上げる。オリアーナも、戦いの舞台に立ったからには真剣に向き合うつもりだ。


「手加減しないよ。いいんだね?」

「そうでないと困る」


 リヒャルドは白い歯を見せてにっと笑う。オリアーナは鋭い眼差しで彼を見据え、剣を構えた。その峻厳とした佇まいに、女子たちがきゃあと歓声を上げる。


 一瞬で前へと踏み込み、最初の一撃を入れる。リヒャルドは剣で攻撃を受け止め、踵で地面を抉りながら、後ろに下がる。


 リヒャルドは苦しげに顔をしかめた。


「さすがはレイモンドだな……。攻撃が重く……正確だ」

「どうも」


 リヒャルドは、重なり合いギチギチと音を立てる剣を力任せに薙ぎ払い、素早く一歩引いて次の攻撃の体勢に入った。

 次は、上段の突きの構え。オリアーナは軽やかに身をひるがえして追撃をかわした。


 幾度となく剣がぶつかり、拮抗状態が続く。しかし、額に汗を滲ませて必死で対抗するリヒャルドとは反対に、オリアーナは汗ひとつかかずに涼し気な表情をしている。


「ちっ、余裕そうな顔、ムカつくぜ」

「動きが少し遅くなっているんじゃない?」

「はは、体力お化けめ……」


 周りにいる生徒たちは、白熱した戦いを息を飲んで見守った。


 何度目かの攻撃。二人の剣が交わった直後、リヒャルドの剣が弾き飛んで、回転をつけながら見物している生徒たちの方へ向かっていった。


(しまった……! 危ない!)


 観戦していた女子生徒の一人が、向かってくる剣にひっと悲鳴を上げた。



 《――熱よヒート



 ジュリエットが木剣に向かって手をかざし、呪文を唱える。すると、宙に浮いていた木剣はじゅっと音を立てて燃え、瞬く間に灰になり地面に舞い落ちていく。

 さりげなくセナが、女子生徒に灰が被らないように腕を引いて体で抱き庇った。


 反射的に魔法を繰り出して女子生徒を守ったジュリエットに皆が感心する中、彼女の目にはオリアーナしか映っていない。


「お見事ですわレイモンド様ぁっ! なんと美しい型、なんと華麗な剣さばき……っ! わたくし、あなたになら斬られても構わないですわ。いえむしろ斬ってくださいましぃぃぃ……!」


 身体をよろめかせたジュリエットは、近くの生徒に支えられる。はぁはぁと息を荒くし、目を血走らせた彼女は、さっきの活躍が嘘のようにドン引きされていて。


(お手柄だ、ジュリエット。あとでお礼を言わないとな)


 一方、リヒャルドはがくんと膝を地に着けた。


「俺の完敗だ」

「リヒャルド王子……」

「やっぱりお前、お前って……」


 彼は俯きがちに、地を這うような声で呟いた。余程落ち込んでいるのだろうか。しかし、次の瞬間――。


「ほんと、超〜〜〜〜かっこいいな!」

「へ?」


 顔を上げたリヒャルドは、紫の瞳の奥をきらきらと輝かせた。オリアーナが困惑して一歩後退すれば、彼はすかさず体を前のめりにして手を握ってきた。


「やっぱレイモンドはすげーよ! 俺がこんなに太刀打ちできないのはお前だけだ! 尊敬するぜ! 弟子にしてくれ!」

「それはちょっと……」

「師匠!」


 こちらとしては、女性たちから殿下ともてはやされてただでさえお腹いっぱいなのに、弟子なんて抱えられやしない。リヒャルドは懇願するような眼差しで迫ってくる。


「なっ? いいだろ? 俺もお前みたいに強い男になりたいんだ」

「他を当たってください! わっ、ちょっと押さな――」


 その刹那。バランスを崩したオリアーナは、リヒャルドに押し倒される。

 身体が絡み合うような体勢に、なぜか女子たちから悲鳴に近い歓声が上がる。一方のリヒャルドは顔を真っ青にしていて。


「うわあああああ! うわあああぁああ!」


 リヒャルドは誰よりも大きな悲鳴を上げ、飛び退いた。なぜなら、咄嗟に彼が手を着いたのは――オリアーナの胸の上。彼女の明らかに男性とは違う膨らみに触れてしまったのだ。柔らかな感触に戸惑い、その手に視線を落とす。


 そしてひと言。


「お前――女、なのか……? レイモンド」

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