第8話 いじめられ少年の小さなヒーロー(3)

 

「セナ! ここにいたんですか、探しましたよ……って、どうしたんです!?  二人とも傷だらけじゃないですか!」


 オリアーナと手分けしてセナを探していたレイモンドが後からやってきた。事の経緯を知らない彼は、怪我をした二人を交互に見て、まずオリアーナに苦言を呈した。


「姉さん! さてはまた喧嘩したんですね。セナのことまで巻き込んで……。また父さんたちに叱られますよ!」


 オリアーナはよく喧嘩をする。路上で悪漢に絡まれている女を助けたり、不良たちの喧嘩の仲裁したり、窃盗犯を捕まえたり。


 彼女は子どもながら、相手が大人でも面倒事に顔を突っ込んでしまうのだ。

 さっきの子どもたちが、オリアーナのことを化け物だと言っていたが、彼女は実際に化け物級に強い。魔法は使えないが、体術や剣術の腕は、逸材ともてはやされるレイモンドより遥かに上だ。


「ち、違うんだレイモンド。リアは俺のことを庇って――」


 セナが弁解しようとすると、オリアーナな人差し指を唇の前に立てて『内緒』のポーズをとった。セナがいじめられていたことを隠して、沽券を守ってくれたのだ。


「はは、ごめんごめん。次は気をつけるから」

「次は次はって、それはもう聞き飽きましたよ。姉さんが怪我をして帰る度、僕がどれだけ心配するか分かっているんですか!? 魔法が使えないんですから、無茶はしないでください」


 彼女が怪我をするのは、いつだってセナや誰かを助けるためだ。しかし彼女は、言い訳ひとつしない。


「全く。そんなボロボロのまま帰らせませんよ。どこが痛むか教えてください。治癒魔法をかけますから。喧嘩のことはここだけの秘密です。僕まで叱られるなんて御免なので」

「じゃあレイモンドも共犯だね」

「姉さん! あなた、反省してるんですか!?」


 がみがみと姉を説教しながら、手際よく治癒魔法を発動させていく。オリアーナの尻拭いをするのは、真面目な弟の役割。

 アーネル公爵家の逸材の治癒魔法は、瀕死の怪我さえ治してしまうレベルのものだ。身体中の傷跡が、跡形もなく消えていく。

 双子が揉めている横で、セナはくすくすと笑った。


「セナ、どうして笑ってるんです?」

「あ……いや、ごめん。二人とも、俺のことを探しに来てくれてありがとう」

「当然でしょう。あなたを一人置いて帰ったら、叱られてしまいますから」

「そうだね」


 レイモンドは優等生だ。規律を守り、大人の言うことをよく聞くため、周りからの評価も高い。感情で動くタイプのオリアーナに対し、レイモンドは理性的で、周りを見て冷静に動く。

 双子で見た目もそっくりなのに、中身は対極的。でも二人は対極だからこそいいバランスだと思う。


 セナはおもむろに、自分の顔に手を添えながら尋ねた。


「あのさ、俺の顔って女の子みたいで……変だと思う?」


 間を置かずに答えたのは、オリアーナだった。


「色んな個性があって当たり前だ。変だなんて思わないよ」


 屈託なく笑うオリアーナに続いて、レイモンドも言った。


「姉さんは他人の容姿に無頓着ですから、聞く相手としては間違っていますよ。ゴリラだの怪物だの言われても全く気にしないような人に、我々の繊細な心の機微なんて分かりません」

「ゴリラはあの見た目で繊細なんだ。ストレスですぐ食欲がなくなっちゃうんだから。私と一緒にされたら失礼だよ」

「…………姉さんはそれでいいんですか」


 二人のやり取りを見ながら、セナは泣きそうなのを我慢した。よい友人を持ったと嬉しくなったのだ。


(俺もいつか、この双子に追いつけるくらい、強くなりたい)




 ◇◇◇




 幼いころのオリアーナに対する憧れは、いつしか恋心に変わっていった。


 オリアーナとレイモンドは、成長してもよいところは少しも変わらなかった。時間が経っても、変わらず三人は親しくしていた。けれど唯一、変わったところがあるとすれば、レイモンドが身体を患ったという点だけだ。魔法学院に入学する前に容態が急激に悪くなり、誰よりも見事に扱っていた光魔法も扱うのが困難になった。


 レイモンドは天才だ。家柄もよく、輝かしい人生が保証されていた。でも、病気のせいであらゆる光を失ってしまった彼の絶望は、想像を絶するものだろう。


 そして、アーネル夫妻は、オリアーナに身代わり入学を押し付けた。オリアーナはいつも周りの顔色を伺って生きていて、特に両親の言いなりだった。アーネル夫妻はやたらとオリアーナにきつく当たるらしい。

 家の中での様子は全く知らないが、レイモンドは尋常ではないくらい両親のことを憎んでいた。でも逆に、オリアーナは――両親の愛をどこかで求めているように見えた。


 エトヴィンの呼び出しのあと。


「私が、次期聖女……」

「リア……」

「どうして私に教えてくれなかったの? セナは呼び笛のことを知ってたんでしょ」

「……」


 セナにとって想定外だったのは、彼女に聖女の力が目覚めたことだった。この国で唯一、召喚術を行使できる聖女。

 聖女に選ばれた者が現役引退まで生きている可能性は五分五分といったところか。……まして、オリアーナは非魔力者。魔法が使える聖女よりもずっと危険が高くなるだろう。


 この国の中できっと、人々に慈悲を施す聖女の器に、彼女以上にふさわしい人はいないだろう。気高くて清らかで、思い遣りがあるオリアーナ。性格も血筋も文句なし。神が聖女に選ぶのも納得だ。


 セナは、オリアーナが非魔力者ということに内心で安堵していた。力がなければ、始祖五家としての使命を果たさずに生きることができる。彼女には普通の家庭を築き、人並みの幸せを得てほしかった。


「何かいい方法があるかもしれないから、悪いように考えるな。上手くいく方法を一緒に模索しよう。俺が力になるから。大丈夫」


 まっすぐと彼女を見据えると、動揺していた彼女は少し落ち着きを取り戻した。


「そうだね。君のおかげで少し落ち着いたよ。……セナは、優しいね」

「誰にでも優しくしてる訳じゃないよ。リアにだけだから」


 優しい人というのは、オリアーナやレイモンドのことを言うのだ。セナがオリアーナに優しくしているのは、彼女が好きだからだ。あわよくば絆されて振り向いてほしい。そんな邪な下心が腹の底にある。


「え……?」

「俺はお前のことが好きだから」


 彼の言葉をそのまま素直に受け取り、にこりと微笑みを返した。


「うん。私もセナが好きだよ」


 能天気に笑うオリアーナを見て、セナは不服そうに眉を寄せた。


「リアの好きと俺の好きは……違うよ」

「好きな気持ちに違いなんてないでしょ?」


 きょとんととぼける彼女。

 オリアーナの好きと、自分の好きは違う。彼女から幼馴染としてしか見られていないことは分かっている。

 それでも、彼女が――好きだ。

 実ることはないと分かっていても、恋焦がれてしまう。どうしようもないほどに。


「そうだね」


 自分の気持ちに嘘をついて、セナは今日も幼馴染としての偽りの笑顔を返す。

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