第6話高校初日の夜に。
本文
「お帰りなさいお嬢。」
部屋住みのみんなが挨拶してくれる。
「ただいま!」
笑顔で返すと、みんな嬉しそう。高校生活初日が上手くいったことが伝わったらしい。荷物を片付けてキッチンに行く。
「たみさん、ただいま!」
「お嬢様お帰りなさい。学校は楽しかったようね。疲れてるでしょ?ゆっくりしててらして下さいな。」
たみさんは、昔から住み込みで我が家の家事リーダーをしてくれている。人を動かすのが上手いのだ。たみさんが居なかったら、我が家の家事は回らないかも。
「そんなこと無いわ。私も手伝うわ。」
「もう出来てますから、食卓に運んで下さい。」
***
自室で勉強をしていたミラは、大きく伸びをしている。
(何か飲みたいなぁ)
トントントンとリビングに降りていくと、いつの間にかケイゴが帰っており、おじいちゃんと話している。ケイゴはミラに気づいて、
慌てたように親分に挨拶をし、ミラに近づいてきた。
そして雑にミラの腕を掴むと、無言のまま自身の部屋に連れて行く。そして乱暴に部屋の扉を閉めると、ミラの両腕を掴み壁に押し付けた。所謂、壁ドーンな状態である。
「な」
言葉を発しようとした瞬間に唇が降ってくる。それと何度も角度を変えて。息が苦しくなった頃、今度は強く抱きしめられる。
まるでそこにある温もりが、いつか消えてしまうことを知っているかのように。彼の顔は見えないが、その力に何故か切なさを感じる。
「ケ」
「お嬢、どう言うことですか?」
ミラの言葉を遮ったケイゴは、上体を少し離して問いただす。いつもの優しいポーカーフェイスではなく、少し冷たい表情だ。でも敬語であることから、まだ自制心が残っていることが分かる。
さっき掴まれていた腕や壁に押し当てられた背中が痛く無いことからも、そのことが伺える。ミラだけに向けられるその辺りの細かな機微に、ミラは気づいていない。
ミラにとってのケイゴは、常に朗らかな笑顔で冷静沈着、たまに冷たい。敬語やタメ語を混ぜて話しかけてくる、そんな人だ。
「何」
「随分親しげに話してましたねぇ、初対面の男と。
それにピッタリくっついて。楽しかったですか。」
睨んでくる顔がメッチャ怖い。
反して彼の左手は腰を抱き、右手はミラの頬を撫でる。そしてそのまま顎を持ち上げる。
「何故目を合わせないのですか?やましい気持ちが有ったからですか?」
「……ごめんなさい。」
「何に謝っているのですか?」
「………。」
「まさか、取り敢えず謝っとく戦法ですか?はー、全く。いるんですよねぇそういう男。何に怒ってるか分からないけど、取り敢えず謝る男が。」
少し冷静になったのか、フッと鼻で笑う。
「ポートフォリオを忘れたって言うから、一緒に見てただけだよ。それに私も筆箱忘れちゃって、貸してもらって。」
筆箱を忘れたことに眉を顰められるが、ケイゴは黙って聞いている。その無言の圧力に耐えられず、焦って地雷を踏んでしまう。
「消しゴムが一つしかないからって、半分に千切ってくれたんだよ。凄く優し」
その続きは言わせてもらえなかった。
「つ…!」
突然左耳に痛みが走る。
「なぁ、他の男の話なんか聞きたくねぇよ。分かってんのか。なぁミラ。俺をおちょくるのもいい加減にしてくれ。」
耳横で低く冷たい声が脳を支配して動けなくなる。
「ごめんなさい。」
早口で謝るミラ、ゆっくりと答えるケイゴ。
「だから、何に謝ってんの?」
蔑むような声に恐怖を感じる。普段優しい人を怒らすと、本当に怖い…。二の句が継げないミラに耳元で低くケイゴが言った。
「頼むからあんまり嫉妬させないでくれよ。貴方の前では大人でいられなくなる。」
ミラを怖がらせてしまったことに反省しながら、ため息混じりに言葉を洩らす。
(そうか。あんなことでヤキモチを妬いてくれたのか。)
ミラは理解した。そしてニヤついてしまう。
「ごめんなさい。」
呆れたケイゴはミラを解放し、ベッドに腰掛けた。
「私も聞きたいことあるんだけど。」
「何ですか、お嬢。」
もう敬語に戻っている。
「ストーカーに遭ってたの?」
その言葉に、ケイゴは一瞬ハッとした顔になるが、すぐにポーカーフェイスに戻る。
「何のことでしょうかねぇ。」
「私だけ知らなかったのね。子供だったから?」
問い詰めるミラに観念したように答える。
「昔のことです。それに大したことありませんでしたから。」
「そんな訳無いでしょ。ねぇ、包丁で刺されたとこ見せてよ。」
困った顔をするだけのケイゴに、「いいでしょ!」と言いながらミラは高速で近づきスーツを捲る。ケイゴはその行動力に驚くが、イタズラっぽい顔になる。
「イケナイお嬢様ですね、貴方は。そんなに見たいなら見せてあげましょう。」
そう言ってケイゴはスーツを無造作に脱ぎ始めた。ミラはその姿を強い目で見ている。
「傷探すゾ!」って、そんな目。上半身裸になったケイゴの左脇腹に、薄く何かの跡がある。
「刺されたのはここ?」
傷痕に触れながら聞く。
「そうです。大したことないでしょ。制服をちゃんと着ていましたから、緩衝材になったようです。血もほとんど出ませんでしたし。」
「でも…。」
(痕が残る程だ。まぁまぁの傷だったのだろう。)
「俺は気になりません。お嬢は気になりますか?」
「なるよ。そりゃぁ。ねぇ、こっちの傷は?」
ケイゴには、無数の小さな傷や火傷の痕が有った。普段まじまじと見たことが無いので、その多さに驚く。
「それは…、子供の頃のものです。それも大したことありませんよ。」
(気づいてしまった。どうしてケイゴがウチに来たのか。
全然気づいてなかった。でも分かってしまった。
(だから光の無い目をしていたんだ。)
ミラは無性に悲しくなって、小さな傷痕にいくつかキスを落とした。ケイゴは小さく「うっ」と呻いてから妖しい笑顔で言った。
「本当にイケナイお嬢様だ。そんな貴方には再教育が必要だ。」
何か言ったかと思えばミラはベッドへ倒れ、ケイゴが上に覆い被さっている。
ミラはやっと気づいた。再び地雷を踏んでしまったことに。ケイゴは不敵な笑みを浮かべている。
「さぁ、貴方も服を脱いで。」
ケイゴの手がミラの服に伸びてくる。ミラはドギマギして目をギュッと瞑る。ボタンが二つ三つ外されたところで、「ククッ」と笑い声がきこえる。
揶揄われたと分かり、紅くなりながら目を開けるミラ。ケイゴは満足したのか、優しい笑顔で起こしてくれる。
「期待させて申し訳ありませんが、ここにはたくさんの護衛がいますからねぇ。それに、こんなところで手を出したら、親分に消されてしまいます。残念ですがお嬢が成人するまでお預けですよ。」
「き、期待して無いから!」
乱れた服を直しながら叫ぶ。フフッと余裕のある顔で笑うケイゴ。チラッと見えた鎖骨にチュッと色を着ける。
「このぐらいの証は許して欲しいものですねぇ。」
***
ミラが帰った後、ケイゴは服をそのままに、ベッドに座っている。
そして当時の傷痕やキスを落とされたところを手でなぞる。何故か少しその傷痕も愛おしく思えた。
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