第27話 最後の夢
「お帰りなさい。」
「ただいま。最後の。」
「すぐ、最後の夢に出られるんですか?まだ、将棋、私貴方に勝ったことないんですけれど。」
「練習しててください。このタイミングじゃないと、ずるずる行きそうなので。」
「わかりました。」
そうして、俺は最後の夢を取りに行った。
途中で、俺が産まれた時の写真を見た。
唯一行った家族旅行の写真を見た。
迷子になって、探してくれたあの小川を見た。
夢中で見た、小川を見た。
東京の大学に行くことを反対していたお袋の眼を盗み、「行け。」と親父が言ってくれたあの日を見た。
大学の図書館で、本と向き合っている俺を見た。
僕は最後の“お父さんへ 終 冬賀優花”という小説を手にして職員室に戻る。
その最中、
あのカフェで晴香さんと初めて会った日を見た。
出版社に入り、皆の前で自己紹介をしたあの日を見た。
初めて担当の小説家になった朧月小夜さんと出会った日を見た。
優花が産まれ、喜んだあの日を見た。
晴香と一緒に、優花が問題を起こした家に謝罪に行った日を見た。
光子さんが優花を吹っ飛ばした日を見た。
家でも仕事する日々を見た。
そして、先生に出会った日を、今、見ている。
「先生。」
「貴方が失礼します、と言わなかったのは、最初で最後ですね。」
「ああ、本当だ。失礼しました。」
先生が笑う。
「先生、最後のお願い、忘れないでくださいね。」
「お願いは、死んだときに、また私に迎えに来てもらう、それで間違いないですか?」
「はい。それで。絶対、叶えてください。」
「はい。叶うよう、祈っています。」
俺は笑った。最後は笑顔でいい。
「貴方の笑顔はずっと一緒だ。」
「何ですか?」
「いいえ。道照さん。本当にありがとうございました。」
「こちらこそ、本当にありがとうございました。」
「それではまた。」
「はい。また、すぐに。」
さあ、最後の夢だ。優花、今会いに行きます。
目を開けると一面のコスモス畑だった。満月に照らされて白や薄いピンクが柔らかく光っている。美しい光景だった。
「お父さん!」
優花の声がした。
「優花!」
声の元に俺は走る。コスモスの花の奥に、晴香がいた。深く刻まれた皺は優しく強く晴香をかたどっていた。
「お父さん、見て!私、世界中にこんなにたくさんの子どもたちができたの!」
そういうと、優花の後ろには褐色の子どもたちがたくさんいた。
「すごいな!」
俺は人懐っこい笑顔をした子供たちを撫でる。
「こんなにたくさん、救ったのか?」
「うん、お父さんが残してくれたお金のおかげだよ。お母さんはもう自分で稼いじゃってたから。」
「いい、使い方をしてくれたな。」
「ありがとう。どう?」
「どうってなんだ?」
「私決めてたの。次、お父さんに会う時は、お父さんと同じように、人の為に尽くせたよ!って言えるようにするんだって!」
お前、その前に何度か死にかけてお父さん呼んだぞ、とはここでは言わないでおこう。その代わり笑った。
「間違いない!優花はお父さんより遥かにたくさんの人に尽くせたぞ!」
「へへ、やった!」
そう笑う優花は、あの日の幼い優花に戻っていた。
「最後のお迎えが俺だけで本当に良かったのか?」
「うん。だって、お父さんが死んだ時、誰も迎えに行ってなさそうだったからさ。」
「失礼な。一応お迎えはあったぞ。」
先生が。
「だけど、光栄だよ。見事なコスモス畑だな。」
「お父さんが言ったんだよ。」
「え?」
「お父さんが昔言ったんだ。優花は、ヒマワリが終わって優しいコスモスの咲く季節に生まれたから、優花なんだよって。だから、一緒にコスモス畑を見に行こうって。結局一緒に行ってくれずに終わったからさ。」
「ああ、申し訳ない。」
「ううん、いいの。ねぇ。お父さんが望んでいたのはこれで合っていた?」
「大正解だ!」
俺は優花を抱きしめた。優花は腕の中で“キャーッ”と嬉しそうに笑った。
そうして、ゆっくりと俺達二人は満月の方へと吸い込まれていった。
「お父さん。」
「何だい?」
「お父さんが、私のお父さんで本当に良かった。ありがとう。」
「ああ、俺も晴香のお父さんになれて、本当に良かった。大好きだよ。」
俺達二人を月の光のようにまばゆい粒たちが集まっていく。
眼下には俺たちを追う子供の姿と、一面の美しいコスモス畑。
「ああ、優花。俺の人生幸せだった。本当に心から幸せだったぞ!」
そうして、一つの光はゆっくりと霧散していった。
〈終〉
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