第24話 お義母さん最後の夢
晴香さんの本は30万部も売れた。
優花は大学卒業後、NPO活動に励み、世界各国に飛び回っている。
その為、優花は家にあまり帰らないようだが、今は朧月さんとほとんど同居しているので寂しくはなさそうだ。
現実世界での時間は経っている。そうなのだ。時間は過ぎて行くのだ。今、俺の右手には1冊の本がある。
“光子大往生 終 鈴木光子”
終、と書いてあるものが死に際に見る夢だと聞いた。
「やあ、元気かい?」
神司さんがやってくる。喪服を着て。俺も喪服を着ている。
「俺より、大丈夫ですか?お義父さん。」
「中身を読んだだろう。大往生だ。病気一つせず、自宅の布団で死んだんだから、いい死に方だろう。」
「いい死に方とか、関係ないでしょう?もうお義母さんに会えなくなるんですから。」
「ふふ。そうだねぇ。」
神司さんが窓の外を見やる。やはり寂しいのだと横顔が語っている。
「道照君。私はね、もう、光子の最後の夢と晴香の最後の夢しかないんだ。この夢に出終わったら、すぐ晴香の夢にでて、私は転生するよ。会えない時間を過ごすことにもう意味はないからね。」
「・・・もう将棋できませんね。」
「1981回勝利、27回負け。すまんね、壮大な勝ち抜けをして。」
「いいえ。勝ち抜けて行ってください。」
一緒のタイミングで夢に出る必要はない。ここに時間の概念はないから。だけど、光子の夢には一緒に出たい、という神司さんの要望があった。
重い空気が、絶対に光子さんの好みじゃないと思い、俺は口を開く。
「そういえば、一つお願いできるんですよね。叶うかどうか不明らしいですけど、何を願ったんですか?」
「健康な体!次は光子と一緒に富士山登頂もなんなくこなす体に生まれること!」
「来世も光子さんと出会う気満々じゃないですか。」
「何かしら出会うと思う。ご縁って、あるからね。君も少し感じるだろう。晴香や優花ちゃん、今回初めて出会ったと思うかい?初めから“この人だ”というものがなかったかな?私はそれこそがご縁だと思うよ。」
言っている意味はすごくよく分かった。晴香さんは最初からなぜか居心地がよかった。それが、前世から知っている人だった、と言われればとてもすんなり腑に落ちるのだ。
「さて、しんみりは死んでも光子には似合わない。行きますか!」
「神司さん、すみません、多分もうここしかもうタイミングないんで。」
「何だい?」
「ここで、俺と出会ってくれて、本当にありがとうございました。楽しい日々になりました。大好きです。」
俺は頭を下げた。
「もう、なんだよ、道照君。明るく行こうとしてるのにさ。」
神司さんが目頭を押さえている。
「泣いてもいいんじゃないですか?」
俺は意地悪く言ってみる。
「やだね。俺を泣かせていいのは光子だけだ。さあ、いくぞ。内容見ただろう。光子最後の夢は大変だぞ。」
「大丈夫です。もう経験済みですから。」
俺は笑った。
先生のところに神司さんと二人で来たことを先生は不思議そうな顔をしたが、“最後は一緒に出たいんだ”という神司さんの言葉に納得したようだ。いつもの笑顔で、いつものセリフを言ってくれる。
「いってらっしゃい。」
「いってきます。」
これが、なくなるのは、僕ももう間近だ。
次の瞬間、日本武道館に俺たちはいた。大勢の群衆。そして、ど真ん中で光子さんが次々と人を吹っ飛ばしていく。
「お前はもっと奥さん大事にしろ!次!」
この大勢の人々は顔が広い光子さんの知り合い全てなんだろう。あまりの光子さんらしさがほほえましい。隣で神司さんが“あれは確か酒屋の細川さん”なんて確認しているのがこっと面白い。
さて、この夢は長い、文字通り帯を締めて自分の出番を待った。
「次!道照君!」
「はい!」
とうとう俺の出番になって壇上へ上がる。
「お前は無理しすぎ!」
一発喰らう。
「親より先に死に追って馬鹿者!」
また一発喰らう。
「晴香を最後まで守ってくれてありがとう!」
最後の一発で吹っ飛んだ。
「こちらこそありがとうございます!」
「次!優花!」
声は届いただろうか。まあ関係ないか。
「あんたは家に帰ってこなさすぎ!いい子に育ったな!次!晴香!」
ああ、優花も吹っ飛ばされてしまった。痛みはないとはいえ、少々心配だ。
さあ、後は晴香と神司さんだけだ。
「すまんかった。最後まで私はあんたの母親としては私は機能不全、ってやつだったね。」
「そんなことないよ。お母さん。」
「こんなガサツな人間だったのに、本当にいい子に育ってくれた。ありがとう。ありがとうね。」
そういって、晴香の頭をガシガシ撫でた。光子さんは自分が強いタイプの人間のせいで、弱い晴香が一度壊れてしまったことをずっと気にしていた。けれど、二人は大丈夫。生きている間にちゃんと通じ合った。一人親になって、晴香さんは随分強くなったのだから。
「神司!」
「はーい。」
気の抜けた声で、神司さんは壇上に上がった。途端、バシンと大きく背中を叩く光子さん。
「あんた、もっと長生きさせてやれなくて、すまんかった!」
「それはこっちのセリフだろ?」
「また、山登りしような。絶対だぞ。」
「もちろん。」
光子さんは晴香さんの手と、神司さんの手を掴み大きく上へ振り上げた。
「鈴木光子 85歳大往生!!!」
わああ!と歓声が響いた。俺も力の限り拍手する。
最後の最後まで光子さんは己を曲げず、かっこよい人であった。
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