第23話 道照の半生

「いいですね。」


そう、先生はいった。少し羨ましそうに。


「私にも少し分けてくださいよ。その素晴らしい光景を。」

「それは難しいですね。この光景が誰よりも美しく見えるのは俺だけなんですから。」

「それは、残念です。」

「その代わり、素敵な世界をお見せしますよ。」


そういって、俺は思い浮かべた。Road of Lightの光景を。小高い丘から、美しい異国の家の光と、その大きな星空を。



「これはこれは。」

「素敵でしょう。先生にもお貸しします。Road of Lightを。とても素敵な作品なんですよ。」


ああ、あの素晴らしい本を。小説の素晴らしさを久しぶりに思い出した。


元々大好きだったのだ。言葉という50音のパズルで別世界を堪能できる小説が。


ところが大学で国文科に進むと、小説が勉強の後に来るものになってしまった。もう小説はこりごりだ。そう思って就職活動をしている時に、晴香さんに出会った。晴香さんは児童教育学部で先生になるつもりだったらしいが、現場にいって自分には向いていないと悟ったらしい。


そもそも就職難が続いている時代だった。なんのご縁か俺はよく晴香さんと面接が一緒になる機会が度々あり、試験後、二人でカフェに行く流れになった。自分はあまりしゃべるのがうまくないので、どうなるかと思ったけれど、晴香さんは沈黙が問題ない人だった。


晴香さんはどこにもまだ受かっていなかった。俺は唯一受かったところが就職した出版社だった。ただもう小説はこりごりだった俺は、晴香さんの前で言ってしまったのだ。


「俺は出版社にしか受からないんです。」


言った後、しまったと思った。目の前にはどこにも受からないと嘆いている人がいるのに。これだから自分はしゃべるとダメなんだと思った。けれど、晴香さんは違った。


「嘘!出版社に受かったんですか?すごい!おめでとうございます!」


それは心からの喜びだった。女性と言えば、お袋のようなヒステリックさをどこか持っているものだと思っていた自分は感動した。


この人しかいない。そう思った。


夜が遅いからと一緒の会社を受けていない時も送るようになった。話すようになった。付き合うようになった。


晴香さんが唯一受かったのは、教育教材を売る会社だった。そこは今でいう完全なブラックだった。営業のノルマが異常で、晴香さんは土日も出勤した。成績が出せないことを“自分のせいだ”といい、空いた時間も営業関連の本を読んだ。


あっという間に心を壊してしまった。それでも仕事を辞めない晴香さんを、こんな自分と結婚するのは申し訳ないと、俺のプロポーズを後から拒否した晴香さんを、絶対に救うと決めて、勝手に婚姻届けを出し、俺が辞表を出しに行った。


あのあくどい顔の社長を俺はよく覚えている。今でも腹がたつ。


そこから晴香さんが落ち着くまで5年。子供が欲しいかも、というまで2年。


そして、待望の優花が誕生した。


「晴香さんが、本当に好きだったんですね。」


先生がふいに言った。


「あっ。」


気づけば周りの光景が優花が誕生した産婦人科の光景になっていた。慌てて元の職員室に戻す。


「これはこれは、失礼いたしました。」

「いえ、いいものを見せてもらいましたよ。」

「・・・そうですか。」

「おや、心からそう思っていますよ?」

「いえ、ただ次は。次の人生はもっと素敵なものをたくさん、先生に見せられる人生を歩んで見せます。」


それは、転生への覚悟であった。

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