第22話 編集部一同より

晴香さんにお礼が言いたくて、俺は少なくなってきた本棚へと足を運んだ。


そうしたら、次の夢は久しぶりの優花の夢だった。


“お父さんに見せたい光景 冬賀優花”


タイトルに少し心躍る。内容を読んで、俺はまた泣いてしまった。この天国の学校に来てから、俺は地上にいた頃にはあり得ないほど、泣くようになってしまった。


俺は、涙を手で拭きながら、職員室へと向かった。


先生は相変わらずきれいなのに、どことなく神司さんに似ている気がしてきた。なぜだろう。俺を見守ってくれているからだろうか。


先生はいつもの笑顔でいう。


「今からその夢に。」

「はい。大切な夢です。」

「じゃあ、しっかり味わってきてくださいね。」

「はい。いって、きます。」


次の瞬間透明な板の上に自分はいた。ここだけ丸く光っているような不思議な空間だった。

すぐ隣に、優花がいた。優花は随分と大人になっていた。陸上のせいかすらりとした足に、短い髪から除く横顔が親父みたいにまっすぐだった。


「小夜さんから言われたの。いい加減、お父さんを責めるの辞めな、って。」

「いいよ。いいんだよ。それだけのことをした。お父さんは優花がしっかり大人になってくれただけで十分だ。」

「お父さんらしいね。」


そういって、俺を見てくれた優花は、父親ながらに綺麗になったと思った。


「お母さんが小説を出すっていうから、私、インターンってことで編集部に入らせてもらったの。感動したよ。ねえ、お父さん、見てよ。」


一気に右に左に上に下に、プロジェクターのようにいろんな映像が映し出されていた。


上には全体の副編集長になった奥田大樹が編集長にお願いしている場面だった。


「お願いします。どうか、もう少し、この本への広告費を出させてください。」

「無名の作品だ。君自身何を言ってるかわかってるだろう。」

「俺自身も宣伝します!絶対に成果を上げて見せます。これは、小説の編集でお世話になった冬賀さんの作品なんです。うちの小説部に命を捧げたような人ですよ?いいですか、絶対に何とかするんで広告費を割いてください。」


下を見ると、佐藤と前田、山口、そして編集長になった八重田が企画会議をしていた。

「おい、帯に小夜さんだけじゃなくて、西野先生もなんとか持ってこい。」

「お願いしたんですけど、だめでした。せめて内容読んでくれれば。」

「私、もう一度お願いしに行きます!」

「俺も宮部先生と芸人のサダトシさんから帯もらえそうです!」

「他は?とにかく有名どころ全部集めろ!何とかお願いして、この本は何が何でも売るぞ!」

「はい!」


右を見ると、退職した松藤が、小学校に本を持って行っていた。


「ぜひ、この本を図書館においてください。素晴らしい作品で小学生でも読めるんです。うちの子もすごく好きで、毎晩読んでるんです。」



左を見ると、営業部に異動した相楽が書店を回っていた。


「お願いします。この本もおいてください。絶対に売れますから。」

「ダメダメ。そんなに入れたって、大量返品するだけだろう。」

「どうかお願いします!」


なんと相楽が土下座してお願いしていた。


「そこまでしなくていい!」


俺は思わず相楽に声をかけた。相楽が俺を振り返っていった。


「俺がどれだけ冬賀さんにお世話になったと思っているんですか。新人でまだ何もわかってないくせに、文句だけは言う俺を、冬賀さんがどれだけ橋渡ししてくれたか。営業部になっても腐らずにやっていけているのは冬賀さんのおかげです。この本は絶対に売ります!」



胸が熱くなる。こんなにも編集部の人間に俺は想われていたのか。


「お父さん、本当にすごくたくさんお仕事、頑張ってたんだね。」


優花が言った。


「・・・これは編集部のみんながいい人達だったからだよ。」

「ううん。そんなことないよ。みんな、お父さんがどれだけすごかったか、私に教えてくれた。すごいよ。私は今死んでも、こんな風に誰か動いてくれるとは思わない。」

「そんなことないよ。お父さんが生きていたら、絶対に優花の為に何かするよ。だって、こんなに大切で、大好きなんだから。」


俺は、泣いている優花を抱きしめた。君も、また誰かの大切なのだと伝えたくて。


「お父さん、ごめんね。」

「何を謝ってるか、お父さんにはさっぱりだ。」

「お父さん、私も、お父さんみたいに誰かの為に一生懸命になれる人に、なるよ。」

「やりすぎるなよ!お父さん、過労で死んだことに関しては後悔してるんだからな!」

「うん、それは大いに反省してください。」

「はい。」

「お父さん。」

「ん?」

「ありがとう。」


「こちらこそありがとう。」

「はい。ありがとうございます。」

「戻ってきちゃったか。」

「そうですね。お帰りなさい。」


俺は笑った。


「素敵な夢だったようですね。」

「ああ、この上なく、素晴らしい夢だったよ。」


それこそ、来世に持っていきたいくらいに。



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