第21話 天国の学校

晴香さんもあまり夢を見なくなった。夢中で小説を書いているようだ。相変わらず内容を教えてくれなかった。


けれど、なんと自分のいた出版社から出版されることになったらしい。賞も取っていない、無名の小説家の本を出すとは、よほどの出来だったのだろう。


もうわかっている。俺は、もう必要ないのだ。俺が頑張らなくとも、晴香さんも、優花も幸せに暮らせるのだ。どうして自分が頑張らないとだめだとあんなに思い詰めていたのだろう。自分が情けなくて、小さく小さくなって、消えてしまいそうになる。


神司さんがまた楽しそうに、遊びにやってきた。将棋もそろそろ飽きてきている。


「道照君!読んだかい?」


どうやら今回は将棋ではないらしい。


「そろそろだろう。晴香の小説が完成するのは。どうだ、読んだか?」

「・・・読ませてくれないんです。」

「なんだあ、晴香のやつ。照れてんのか。よし、待ってろ。私が、ここに持ってきてやる!」

「もういいですよ。晴香さんが俺がいなくても楽しくやってることはわかりましたから。俺、もうさっさと夢を読んで生まれ変わろうかと。」

「バカ言え!これを読まずに生まれ変わろうなんて許さんぞ!お、できた!」


神司さんの手には新書の少し厚めの本が握られていた。白い表紙に豪華な装飾、ぱっと見、冒険譚だろうか。


「晴香の夢で何度か読んだから出せたぞ。どうだ、ほら。」


本のタイトルは"Road of Lightージョシュアの冒険奇譚ー”だった。


「なんで今どき英語のタイトルなんてつけたんだ。売れなくなるのに。編集部は何をしている。」

「はあ?」

「え?」

「道照君、君ってやつは・・・。晴香の想いがわからないのか?」

「どういうことです?」

「これは日本語に訳すとなんだ?」

「えっと、光の道です。ああ、その方がまだいい気が・・・。」

「君の名前はなんだ!」


道照。暗い道も照らしてくれた子。そういう意味で名付けたと親父から聞いたことがある。道を照らす、ということは。


「わかったか!これはな、晴香が君の為に書いた物語だ!」


体がカッと熱くなった。すぐにわからなかった自分が情けない。


「読んで、いいですか。」

「当り前だろう。本当は晴香が読ませるべきだったんだがな。」


俺は、どきどきしながらその小説を開いた。小説は“ジョシュア”というしゃべれない男の子が主人公であった。悪い魔法使いが太陽を奪ってしまい、世界中が混乱している最中、ジョシュアはただひたすら誰かを笑顔にするような善行を重ねていった。それはやがて仲間を集めていき、ついには太陽を魔法使いから取り戻す。そんな王道のファンタジー小説だった。けれど、表現が素晴らしい。主人公が話せない分、五感の細かい描写がまるで自分が本に入って同じ体験をしているような没入感を与えることに成功している。素晴らしい、小説だった。


そして最後のページにはこう書かれていた。“このお話を愛する夫、冬賀道照に捧げる”と。


「どうだ。主人公が君だろう。」

「・・・俺、こんないいやつじゃないですよ。」

「そうか?私はとても似ていると思うよ。」


そういって神司さんは笑った。素敵な笑顔だと思った。


「お礼を言わないと。晴香さんに。」

「ああ、そうしてやれ。ところで道照君、君はさっき、自分がいなくてもみんな幸せそうにしている、と言ったな。」

「似たようなことを言いましたね。」

「それはそうだ。自分たちがいなくなって全員不幸になったら困る。だけどね、道照君。みんな“君と出会ったからこその道”を通っているんだよ。だから、夢を見るんだ。会えなくなった大切な人を、忘れないために。」


ああ、それはどれだけ素敵な考えだろう。


そうか、俺はちゃんと生きていたんだ。ここは間違いなく、天国の学校なのだ。

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