第20話 秘密にされる
「だ、だ、だ、大好きです。」
「おかえりなさい。」
「勘弁してください。」
先生が笑った。何ということだ。俺が夢で大好きだと伝えようと決めて何回晴香さんと優花ちゃんの夢に出ただろう。まだ、いまだに夢で大好きと伝えきれていない。
「そもそも日本男児というものは愛を語らないものではないですか。」
「それ、私に聞いてます?私にはなぜ言えないかわからないですよ。大好きですよ、道照さん。」
俺は、膝から崩れ落ちた。
「それは、先生には溢れるばかりの想いがないから簡単に言えるのであって、俺のような人間が多数派だ。うん、絶対そうだ。」
「失礼ですね。私からしたら日本男児というものが謎です。愛を伝えない文化って不思議ですね。」
そういわれては元も子もない。いやはや、やはり、お義父さんというのはすごい。
「何か落ち込んでいません?」
「いや、なんでも。じゃあ、お義父さんが待ってるので。」
教室に戻るとお父さんが机に将棋盤を置いて待っていた。あれから、お義父さんと色々遊ぶようになり、今は目下将棋に夢中だ。
「道照君!待ちわびたよ!ささ、続き続き。」
盤面は俺が夢に行く前と同じ状態だった。
「なんで待ってるんですか。もう手詰まりってわかってるくせに。」
「いや、まだ何とかなる道があるんだ。考えてみてくれ。」
そのことから逃げるように夢にでたのに、まったく意味がなかったようだ。
渋々席に座って次の手を考える。将棋は圧倒的にお義父さんが強かった。
「どうだった、夢は。」
「優花の国体出場を晴香さんと朧月さん、あとお義母さんみんなで応援しに行ったと。」
「おお、ようやくそのあたりか。」
「そのあたりって・・・俺が死んで5年もたってしまったんですよ。」
「私はもう、残りの夢も少ないからな。」
俺は歩を動かした。
「お!いい手じゃないか。ふむふむ。」
「まさか、優花が陸上選手になるなんて予想もしてなかったですよ。」
「長距離で国体5位だろう?中学の途中から始めて見事なもんだ。」
神司さんが角行を動かす。さて、どうしようもない。
「俺も見たかったです。優花の走る姿。」
「私だって見られるなら見たかったさ。」
「これから、って時に死んだんですね。俺は。優花と晴香が仲良くなって、優花が成長して、これからって時に。」
「生きている時はいつだってこれからさ。」
「・・・なるほど。」
俺は飛車を動かした。
「おい、勝負を投げだすな。」
「・・・俺、悔しいんですよ。なんで、あんな生活送ったんだろう。過労って。バカみたいじゃないですか。」
神司さんは俺の肩をトントンと優しく叩いた。
「バカみたいな死に方ってのもないよ。」
そう、小さく呟いた。
優花は俺の夢を随分と見てくれなくなっていた。
「嬉しいわ。貴方からご飯のリクエストがあるなんて。」
晴香さんが嬉しそうにご飯を作り出した。これは晴香さんの夢だ。最近では、小説を読まずに出ることが多い。
晴香さんが見たい夢ではなく、俺がしたいようにするようになった。その方が、いい状況になることが多いとわかったからだ。もしかしたら、だから夢は思い通りにならないのかもしれない。
「麻婆豆腐、どうする?めちゃくちゃ辛くしちゃう?」
「うん。めちゃくちゃ辛いので。」
「優花が生まれる前は貴方好きだったもんね、四川料理。」
「晴香さんもだろう?」
「あら、私、実はそこまでだったのよ?」
「嘘だろ?だって、行きたいところ聞くと大体中華だったじゃん。」
「そうじゃなきゃ、貴方私に全部合わせちゃうからですー。」
「また、知らなかった・・・。晴香さんは何が好きだったの?」
「パスタ!オイル系がね、特に好きなの。」
「じゃあ、そっちが食べたい。」
「いやです。貴方がリクエストしてくれたの久しぶりなんですから。」
そういって晴香さんは唐辛子を切る。
「最近、何かあった?」
「ふふふ。」
「何?」
「夢ではいつもあなたが饒舌で嬉しい。」
こんなことでよかったなら、いくらでもできたのにな。
「最近ね、私、小説書き始めたの。」
「え!本当に?」
「実はね、子供の頃は好きだったのよ。物語を書くの。晴香がスポーツ特待生で家を出ちゃって、時間できたから。なんか、また始めたいなって。」
「読ませて。」
「絶対に嫌です。」
「小説は人に読んでもらって上達するものだぞ?」
「小夜に読んでもらっているからいいの。」
「また小夜さんか・・・。」
「何?嫉妬してるの?」
嬉しそうに晴香さんが近寄ってきた。
「・・・してます。」
「あらあらもう!」
晴香さんが俺の肩をどつく。そうだ。これが晴香さんだ。大学自体の晴香さんだ。
「それもこれも、貴方がお金を残してくれたおかげよ。本当にありがとう。」
「・・・もう俺の実家にはいれなくていいからな。」
「うーん、でも困ってるみたいだし。」
実は数年前から正子は実家に戻ったらしい。お袋に子育てを任せて、正子は遊び惚けているようだ。
「いい気味だ。・・・羨ましい。」
まだ生きていることが。
「ふふ、そんなこと言わないの。さあ、できたわよ。」
そこで夢は覚めてしまった。食べそこなってしまった。まあ、味がするかどうかわからないのだけれど。
それにしても晴香が小説を書き始めるとは意外だった。生きていればアドバイスできることなんてたくさんあったのに。
その後、何度か夢でどういう小説を書いているか聞くも、晴香は頑として教えてくれなかった。晴香が聞いても答えてくれないことが初めてだったので、俺はとても寂しくなった。
こうやって、死んだ人間と距離が出てくるんだろう。
ああ、なるほど。だからみんな、生まれ変わっていくのか。もう、十分だから。
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