第19話 それが、夢に出る意味

職員室をでて、俺は近くの小川へ向かった。親父といった小川は全然違う現実では全然違うところにあったが、それはそこにあった。


夜になり、蛍が出始めた。学生の頃、夢中で集めたな。捕まえてみると、結構黒くて気持ち悪い虫だからお袋が怒ったっけ。


「おや、綺麗だね。」


神司さんが唐突に現れた。もう慣れたけれど。


「もう少し早く現れて欲しかったです。」

「おや、それはなぜ?」

「親父に伝えたい言葉を添削してほしくて。まあ、結局全部言えなかったですけどね。」

「それは現れなくてよかった。」


それはなぜです?と聞くのは止めておいた。代わりに。


「神司さんは何してました?」

「ん?」

「小川で神司さんは何をしたことがありますか?」


神司さんは驚いたような顔をしていた。


「どうしました?」

「初めて、私のことを聞いてくれたな。」


そうだっただろうか。神司さんは嬉しそうに語りだした。


「心臓の持病持ちなんだ。小川で遊んだことはなかったな。」

「それは、申し訳・・・。」

「違う違う、いいんだ。その代わりしたかったことがあるんだ。ほら石切っていうのがあるだろう。漫画で見たことがあるんだ。あれは君、できるかい?」

「いっちゃあ、なんですけれど、得意でしたよ。」


夜だというのに蛍の光であたり一面明るい。俺はいくつか石を見繕って投げた。

1,2,3。3回跳ねた。全然だ。


「おお!すごいじゃないか!」

「いや、調子いい時は6回は跳ねるんですよ。」


神司さんは嬉しそうに、石を見繕って、俺の真似をして投げたが、そのまま沈んでいった。


「何が違うんだ?」

「全部が違います。いいですか。石切は、まず石選びが大事です。手に収まるくらいの軽めのもので、とにかく平らなものがいい。」


俺は見繕った石を見せた。


「なるほど。探してみる。」


神司さんは嬉しそうに小川の石を探し始めたから、俺も一緒に特別な石を探し始めた。


「道照君、だいぶ集まったぞ。」

「いいですね。じゃあまず、座る。」

「ふむ。」


神司さんは興味深々だ。小学生に教えているみたいな気分になる。ふと、光子さんは神司さんのこういうところを愛したのかもしれないと思った。あの人は新しいことが好きだから。


「水面がありますよね。」

「うん。」

「この水面にできるだけ平行になるように投げるんです。そして、石の平面の部分が水平に当たるように投げるんです。こうやって。」


空を切って、石は手から離れていった。1,2,3,4,5,6回!


「よし!ベスト!」

「おお!私もやってみる!」

「どうぞ!」


神司さんが投げると、なんと1回跳ねた。


「できたぞ!」


神司さんが嬉しそうに報告してくる。なるほど、彼とはこうやって交流すればよかったのか。


「いいですね!ただ負けませんよ!」

「みてろ!私が追い越してやる!」


大の大人が二人して、石ころ投げに投じた。神司さんは言葉通りどんどんうまくなっていった。


「光子もこういう夢を見てくれるんだ。」

「はい?」

「こういう新しいことをさせてくれる。光子は楽しそうに見ているよ。」

「お義母さん、なんでも強いでしょう。」

「間違いない。でも今度石切をしてみよう。勝てるかもしれない。」

「どうかな。まだ俺も負けませんよ、っと。」


1,2,3,4,5,6,7,8回!新記録!


「よっし!」

「おお!これは光子には大きな川を用意してもらわんとな。今度、光子に言ってみよう。もしかしたら一緒にやれるかもしれないぞ。」

「それは楽しみです!いいですね。光子さんはそういう夢を見てくれて。」

「最初はそうじゃなかったさ。」


神司さんが石を投げる手を止める。


「最初は、私も道照君と同じさ。光子は看護士なのに気づけなかっただとかなんだかんだ言って泣いてばかりだったさ。」

「そう、なんですか?」

「そういうもんだろう。」

「神司さんはどうしたんですか。その、そういう夢に出た時に。」

「そんなもん関係ない!愛してるぞ!」


神司さんが石を投げた。1,2,3,4,5,6,7,8,9回!超えられた!


「あいつが泣こうが喚こうが、私は言い続けたよ。だってそうだろう。あいつがどんな夢を見ようが勝手だが、私自身が出るんだ。私が、光子に言いたいことはそれだけなんだから。」

「そうですね。ほんと、まったくその通りだ。」

「だから言ったじゃないか。ほら、君は晴香を愛していたんだろうと。」

「なんか聞かれましたね。文脈は違う気がしますが。」

「君は言葉に細かいことはわかった。」

「俺も、細かく理解しすぎようとしてしまってました。お義父さん。」


神司さんは嬉しそうに笑った。そうだ。それだけだ。神司さんが石切に飽きたら、また夢に出よう。今度は晴香さんがどんなに謝っても、優花がどんなに罵倒してきても、大好きだとそう、伝えよう。

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