第17話 担当小説家の夢

神司さんは俺を泣かすだけ泣かせて、またふっといなくなってしまった。


俺は、泥酔したことがないので、泥酔できなかったし、煙草を吸ったことがないので吸えなかったし、万引きするような店なんてないから、結局また、本棚の前に立ち尽くしている。


俺の秘密をばらして、晴香さんも優花も俺のことを嫌いになって、それでうまくいく気がしたんだけれどな。


次の夢は朧月小夜だった。


朧月さん。俺の担当の中では一番の売れっ子だった。何気ない題材を、非常に緻密に書き、透明感のある文体が人気の作家だ。そのくせ本人は暴れ馬のような性質で、とにかく予測不可能。すぐにどっかへ出かけてしまう。


スケジュール管理が大変な人だったのだが、引っ越して家が近くなってから、なぜか正反対に見える晴香さんと気があった。


晴香さんは長い黒髪に、大体ロングスカートと緩めのトップスできちんと化粧をするタイプ。


小夜さんは黒髪ショートにぴったりとした服装で大体パンツスタイル。化粧はほとんどしない。


格好も正反対なのだが、なぜか空気が似ていて、なにより小夜さんは優花と気があった。頻繁にうちに来ては晴香さんのご飯を食べ、どこかに行くときは晴香さんに飼い猫のルナの世話をお願いしていくので、管理が楽になった。しかし、俺の目から見ると一方的な関係に見えるのだが、晴香さんはルナを大層気にいっていて、特になんとも思っていなかったようだ。


そんな小夜さんが俺の夢を見てくれるのか。なんとなく会いたくなり、俺は中身を見ずに夢へ出ることにした。


「失礼します。」


先生は相変わらず微笑んでいる。


「元気ですか?」

「まあ、なんとか。」

「なんだかんだ、真面目ですね。夢にでるのでしょう。」

「え、ああ。真面目なんですか?」

「ええ。しばらく夢を一切見ずに悲観していたり、遊びまわったりする方が多いですよ。」

「そんな、もんですか?」

「ええ。貴方のいいところです。きっと。」


断言してほしいと思うが、良しとしよう。


「いってらっしゃい。」

「いってきます。」


次に目を開くと、俺は喪服を着ていた。あたりを見回すと、どうやら俺は葬式の受付をしているらしい。


「ほら、受付!」


小夜さんの声がした。


「すみません!」


反射的に動いてみれば、香典に俺の名前。これ、俺の葬式だ。俺の葬式の受付を俺に任せる夢ってなんなんだ。


「ほんと、冬賀さんが死ぬなんて嘘みたいだわ。」

「はあ。」

「仕事マシーンみたいな人だったから、定年まで余裕で駆け抜けると思ったのにね。」


これは、俺が俺だけど俺じゃない夢なのか。言っていて自分でもよくわからないが、なぜか小夜さんらしく感じてしまう。


「あの、朧月さん。」

「ん?」

「晴香さんと優花をよろしくお願いしますね。」

「当り前でしょう。晴香は親友だし、優花ちゃんも私はかわいいと思ってるんだから。」


その本心にありがたく思う。


「って、あんた冬賀さんじゃない。」


あ、途中で気づくのか。俺は笑ってしまったが、瞬間叩かれた。


「このバカ!晴香をあんなに泣かせて!」


ジェットコースターのように展開が変わるから追いつけない。


「・・・晴香さん、泣きましたか?」

「大泣きよ!私の前ではね。優花ちゃんの前では必死に頑張ってるけれど。」

「よかった。」


晴香にはちゃんと泣けるところがあったか。そのことに俺は安心する。


「何喜んでんのよバカ。」


やっぱり叩かれる。


「・・・まあ、でも優花ちゃんのためにはもしかしたらよかったかもしれない。こんなこと言ったら、晴香に怒られるけれど。」


その前に俺に悪いと思え、とはなぜか言えないが。


「なぜ?」

「優花ちゃん、冬賀さんが大好きだからね。貴方に気に入られようと必死だったから。」

「え?」


逆では?俺が必死に優花に合わせてきたのだ。それこそあの子のSNSまで見て。わかろうと必死だった。あの子の好きな小説の、映画もちゃんとチェックするほどに。


「気づいてなかった?」

「いや、何をいってるのか・・・。」

「例えば、優花ちゃん、あの子小説嫌いよ。」

「はあ?」


今度こそ本当に何を言ってるんだ。うちは晴香も優花も大の小説好きだ。あの子もよく小説を読んでいたし、俺に連れて行ってと言うところも本屋が多かった。


「気づかなかったの?ほら、あの子よく夏でも外を走りに行くじゃない?」

「ああ、散歩が好きとは。」

「違うわよ。あれ、腹がたった時に発散するために走ってるのよ。ほら、一度夜遅くまで帰ってこないって心配したことあったじゃない。みんなで探してたら遠くまで走りすぎて帰ってこれなかった、ってこと。」

「ありましたね。」


あの子が暴挙に出る時はそういう極端さがあった。あの日も大層心配したもんだ。


「あれさ、貴方が気に入った小説を読んだけど、あまりに納得いかなくては走りまくってたって知ってた?」

「え?」

「ほら。渚かなえの告白。」


ああ。確かに久しぶりに心から面白いと思った本だったな。


「あの子は不条理が嫌いなのよ。だから、本当は小説を読むより、体を動かす方が優花ちゃんは合ってるのよね。」

「そうなの!?」


思わずあほみたいな返事がでた。確かにあの子が好きなのは冒険者やファンタジーを好んではいた。だけど、小説嫌いとはとても思えなかった。


「でも、あの子は本当によく本を読んでいた。」

「ばかねぇ。」


こういうところ、小夜さんが苦手だ。


「小説が好きなんじゃなくて、貴方が好きだから読むのよ。あと、自分でもわかってないけれど、晴香も好きだから読んでるのよ。小説を。」


晴天の霹靂だった。けれど、言われてみるとなぜか納得してしまうところがあるのだ。それはあの子の本の感想だったり、特に気にいった文章がなかったりすることに。


「でも大丈夫。晴香は気づいているから。今まで冬賀さんに遠慮して晴香は前に出なかったけれど、これからは本当に優花ちゃんがしたいことをできるように彼女ならするから。今も、優花ちゃんの誕生日はなんとか明るくするために、色々処理を頑張ってるわ。」


そうだ、優花の誕生日は9月7日だ。誕生日プレゼントももう買ってあった。晴香さんに渡してある。ヒマワリが終わり、優しいコスモスが咲くころに生まれた。だから、あの子は優花だ。


「ごめんね、こんなことばかり話して。」

「いや・・・。」

「冬賀さん、本当にいい編集者だった。私のことをしっかり理解してくれて。本当にありがとう。」


彼女はなぜか、俺に香典を差し出した。彼女らしい、これが別れの挨拶なのだろう。


「こちらこそ、いい小説家と仕事できてよかった。ありがとう。」


香典を受け取った。素直にお礼が言えた。


次の瞬間は先生が目の前にいたけれど、こんなに優しい気持ちで終わったのは初めてであった。


もう夏も終わる。




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