第15話 道照という男の秘密
今ならわかる。俺が、笑わなくなったのは、親父が死んでからだ。あれから、俺はより一層仕事に励むようになった。
何かから逃げるように。
何が家族のためだ。笑えて来る。俺は愛情を受け取らずに生きてきたんだ。与えることだけに必死で。けれど、俺が与えようと思ったものは本当に愛情だっただろうか。
もう一つ。あともう一つピースが足りない。そんな気がする。
「大丈夫ですか?」
先生の声だった。
「こういう暗闇がお好きで?」
「そんなわけないじゃないですか。俺が好きなのは、」
そういうと俺たちの眼下に街の光がちりばめられた。
幾度となく飛行機から眺めた夜の街。
「綺麗ですね。」
「そうでしょう。俺が好きなのはこの景色ですよ。」
私が好きなのは、暗闇を光らせてくれた、光です。
だから、この景色を好きになったんです。
みんな色々な思いを抱いて、この光を消して眠る。
ならば、どうか素敵な夢を。
すべての人が、そういう夜を過ごせたら、いい。
「まるでピーターパンみたいですね。先生が、ティンカーベルかな。」
「ピーターパン?」
「おとぎ話ですよ。子供だけの夢の国に住んでいる、大人になることができない少年です。空を飛べるから、ピーターパンも妖精かな。」
「随分と贅沢な妖精なんですね。」
「贅沢か。なるほど、確かに。大人になる痛みを知らずにいられる。」
「大人になる痛み、とは?」
それは今、感じている痛みだ。俺もまたピーターパンであった。
「一人じゃないと思い知ることです。」
一人ではなかった。俺は。小さい頃から決して、一人ではなかったのだ。生かされてきたのだ。親父に、晴香や優花に。そう、お袋や正子にも。
「おい、お前たち!いいか!今のうちに会いたい人に会っておけ!言いたいことは言っておけ!遅いんだからな!死んでからじゃ遅いんだからな!」
眼下に煌めく星空に俺は精一杯の声援を送る。
「俺はな、死んじゃったんだ!俺はもう死んでしまったぞ!」
もうすべてが手遅れだ。親父と酒を飲むことはできなかった。正子を追いかけてやれなかった。あいつは俺の帰りを待ってくれたのに。
「道照さん。素敵な景色をありがとうございます。これは私では見られなかった。」
「・・・そうですか。なら、よかった。」
「だから、お礼です。ほら、見上げてください。」
そう言われて見上げてみると、満点の星空だった。それは吸い込まれそうな奥行きを持っていて、俺の声を奪った。
「光は地上だけではありませんよ。少なくとも、貴方は間違いなくこの光の一つです。」
「壮大すぎるよ。あまりにもちっぽけだ。」
「はい。でも貴方にはまだできることは残っていますよ。」
はい。そうですね。
ヒマワリが上を向き、蝉が鳴きだす。夏の校舎に、朝日が差し俺は本棚の前に立っている。すがすがしい、朝だ。
できることはこの本の分残っている。
俺と親父のように、親子が誤解したまま終わってほしくない。晴香さんと優花をなんとかしてやりたい。
その為のできることが、一つある。俺は晴香さんの夢を手に取った。
中身は見ていない。恐らく内容は前と同じようなものだろう。でもどんな内容でも構わない。出る理由は一つだけ、ある事実を伝えるだけ。
キシリ、キシリ、と階段がなる。足取りが重いことを音でも理解させられる。
それでもこうするしかないのだ。これをすればきっと、優花は俺の本性を知り、晴香さんの方をきっと向いてくれる。
職員室の扉を開くと先生は相変わらず微笑んでいた。
「今回はその夢に?」
「はい。出してください。」
「これは、そんなに恐ろしい夢なんですか?貴方、震えていますよ。」
「・・・嫌われに行くので。」
「はい?」
「優花に。いや、晴香さんもさすがに私という人間に愛想をつかすでしょう。それでいい。優花にも晴香さんにも生きている間、十分愛された。ここからは、二人で生きないといけないですから。」
「それでも怖いんですね。」
「はい。だから早く、夢にだしてください。心が変わらないうちに。」
「わかりました。いってらっしゃい。」
次に見えるのは小さい四角い窓。また棺桶の中からのスタートだ。俺は重い棺をノロノロを開けた。そうすると、やはり、泣いている晴香さんがいた。
「晴香さん。」
「私が殺した。私が、道照さんを・・・。」
俺は棺に腰かけて静かに言った。
「晴香さん、話しがしたいんです。」
「え?」
「伝えたいことがあるんです。晴香さん、私のパソコンの中を見てください。」
喉がひりつくような感覚がある。夢だというのに。
「パソコンのパスワードは私たちの結婚記念日で開きます。あと晴香さんと優花さんの名前を前に入れて。多分晴香さんなら開ける。開いて中を見てください。」
「どうして?私は貴方のプライベートを覗く気はありません。」
その言葉が痛い。後一言だ。後一言で俺は崖を落ちる。
「俺は、晴香さんと優花のスマホを監視していた!」
もう戻れない。
「スマホってな。ダミーがつくれるんだよ。俺は晴香さんと優花のSNSもネットで何を調べているかも全部見ていたんだ!それはそうだろう。ここまでしないと俺は女子中学生の気持ちなんてわかるもんか!俺はな、そうやって優花や晴香さんが何が欲しいか、何がしたいか全部、全部把握してたんだよ!」
晴香さんは絶句していた。当たり前だ。人間として、最低だ。俺はそうやって人を分析してきたんだ。自分の担当や同じ編集部の人間はさすがにSNSを逐一チェックする位だが、俺はそうやってプライベートをみて、ほしい言葉を与えてきた。
ばれやしなかった。何せ、俺はそもそもほとんどしゃべらないのだから。
「俺は最低な人間だ・・・。だからそれを優花にも伝えて、あいつの俺が絶対という呪いを解いてやってくれ。」
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