第11話 魂なら間違える

「焦る必要はないですよ。ここでは、時間というものはないのですから。」


そうやって微笑する先生の瞳には何も映ってないようで、すべてわかっているように感じる。長く美しい黒髪がさらさら微かに動いている。


「モナ・リザ。」

「はい?」

「先生、モナ・リザの印象によく似ているなと思いまして。」

「それは、時々言われるんですが誉め言葉なのでしょうか。」

「失礼しました。誉め言葉です。側にいるのが楽なんです。」


モナ・リザは人によって見方は違うだろうが、俺には個性がないように見えるのだ。女性らしくも、男性らしくもない。何かに怒りそうにも喜びそうにもない。それは何がこの人にとって嫌なのか、好きなのか常に神経を張り巡らせる自分にとって、とても楽なのだ。


先生はいよいよ微笑んだ。


「ああ、やはり同じ魂ですね。貴方は前回も私のことを楽、と言いましたよ。」

「それは、前世的な。」

「そう、一つ前の貴方です。」

「それは、なんかピンと来ないんですが・・・。」

「それでいいんですよ。前世なんて全部思い出していたらパンクしてしまいます。」

「俺、何回くらい生まれ変わってるですか?」

「そうですね。貴方は今回で7回目です。」


たしかに、7人分の人間の記憶が全部入ったままだと自分がわからなくなりそうだ。


「それにね、大切なものは変わらないものですから。なんといいますか、魂の色みたいなものは変わらないんです。私から見ると。」

「そして毎回ここに来るんですか?」

「いえ、死を受け入れられるほど満足した方はすぐに生まれ変わる方もいます。ただ、貴方はあと2,3回はここに来ると思いますが。」

「・・・それは、俺は満足いくことがない、ということですか?」

「はい。貴方前回、人を一人殺していますから。」

「ええ!!」


そんな微笑んだまま、恐ろしいことを言うではないか。


「そんな悲惨な顔されないでください。人の歴史なんて戦いの歴史ですよ。そんな中、5回6回と生まれ変わってみなさい。大概人を殺したり、殺されたりしているもんです。」

「いや、そんなさらっと言われましても。」

「そんなもんなんですよ。貴方はまだましです。一人ですから。」

「数の問題ですか!?」

「大事ですよ。数。多くの人を殺した人がここにきて、さて、一体どんな夢にどれだけ出ないといけないか、考えてみてください。」

「・・・地獄ですね。」

「はい。よくも悪くもたくさんの人に影響を与えた人は夢もたくさんありますからね。ブッタさんとかイエスさんとか永遠に生まれ変われないんじゃないでしょうか。」

「神様じゃないですか。」

「こちらでは等しく魂ですから。」

「ということは貴方も一度は現世にいたことが?」

「あるみたいですね。遠い昔過ぎて忘れましたが。私は、誰も夢見てくれなかった。生まれ変わろうとも思わなかった。そうしたらこういった魂の管理人をいつの間にかするようになったできそこないです。」

「そんな・・・俺にさえこんなに夢があるのに。」

「そんな人間もいるんですよ。ここに。」


そんなバカな、と思うが真実なのだろう。それでも先生はやはり微笑んでいる。でも感情がない、とは思えないのだ。どちらかというと気持ちが完全に凪いでいる、そう感じる人であった。この人は決して誰の心にも残らないような人ではない。


「じゃあ、次生まれ変わるならば、絶対に先生の夢を見ますね。」

「え?」


俺は最初に言われた注意事項のメモを読み返した。


「ほら、できるかどうかわからない、ってことですけれど、生まれ変わる時、一つお願い事ができるんでしょう?それは先生の夢を見ることにしておきます。」

「・・・なぜ?」

「だって、先ほどご自分のことを説明する時、少し寂しそうでしたから。」


先生は、今度は完全に微笑んだ。それは本当に天使のようだった。あまりの美しさに俺は照れてしまって、メモを読み返す。


「えっと、願い事はそれでよしですね。後は生まれ変わるタイミングは好きにしていいってことでしたね。」

「ええ。貴方の夢に全部でるか読み終わったら、いつでも生まれ変われます。」

「・・・それ、最初の説明で言われていないのですが・・・?」

「そんなまさか。」


先生が、俺のメモをのぞき込んで、唖然としていた。


「どうしました?」

「初めてです。」

「何がです?」

「何億回と説明してきて、説明に不備があったのは今回が初めてです。」

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