第9話 夢は一瞬

「すごい、これが飛行機か!」


神司さんが嬉しそうに機内を見て回り始めた。俺は"危ないですよ”と言いそうになったが、すぐにここはそういう世界ではなかったことを思い出す。


「空から見ると街はこんな風に見えるんだな。」


窓から外を見てみると、街の光が星屑をこぼしたように広がっていた。


「綺麗だな。」

「はい。本当に。」


そうだ。俺は移動なんて基本的に寝るかスマホで情報収集するかの二択だったけれど、飛行機だけはよく外を眺めていた。いつも、窓際を指定した。特に、着陸の際の夜景が好きだった。たくさんの人の生活の光の中に入っていく感覚が。


そうか。俺はこれが好きだったんだ。日常に溶け込んでしまって、そのことを忘れていたけれど。


「道照君。今ならできるじゃないか。」

「何をです?」

「パイロット。一瞬でもやりたいと思ったんだろう?」

「いや、俺は操縦とか全然わからないんで。」


神司さんはニコリと笑った。


「そうでした。ここは、天国でしたね。」

「そういうこと。」

「じゃあ、神司さんは副操縦士ということで。」


こちらへ、と神司さんを誘い、機内を前へと進んだ。扉を開くと入ったこともないけれど、コックピットの景色が広がった。


一面に広がる夜景。特等席だ。ひとしきり景色を堪能して、俺はコックピットの座席へ座り、シートベルトを締めた。物珍しそうに機内を見ている神司さんも俺に習って、隣の座席へ座る。


「シートベルトはよろしいですか?」

「はい、船長!」

「機長ですよ、副操縦士さん。」

「失礼いたしました。」

「右よーし、左よーし。」

「それは電車じゃないんですか、機長さん。」

「間違いない!」


俺は操縦桿を右に動かしてみる。機体は右へと大きく傾いた。そんなことをひとしきり神司さんと楽しんだ。


眼下で揺らめく星屑がさらさら動いているようにみえた。


「道照君、一つだけいいかな。」

「何ですか?」


俺は自分の声が弾んでいることに気づいた。


「夢は、あまり先を見ない方がいい。私はね、君が死ぬことを知っていたんだよ。先に、読んだから。」


途端に機体が重くなったように感じた。


「すまないねぇ、楽しんでるところ。ただ、楽しむのは後からできるから。私はね、晴香や光子の夢の中で何度も警告したんだ。まあ、結果、君は今ここにいる。」


いいえ、晴香さんは何度も俺を止めようとしてましたよ。何度も、何度も。


「生きてる人の夢なんて、本当に一瞬の煌めきなんだよ。この光のまたたきのような。だけどね、君にとっては意味のある一瞬になる。それは、先に死んだ私が保証する。」

「夢で伝えても、何の効果もないのに意味があるんですか?」

「あるよ。とても大切な意味が。」

「申し訳ない、私はいまいち神司さんがおっしゃってることをわかる能力がなくて・・・。」

「会いたい人に、また会える。これ以上に大切なことがあるかい?」

「・・・。」

「さて、いったんお開きにしますか。私も、光子に会いたくなってきた。」

「・・・着陸させますね。」

「いや、別に・・・いや、お願いするとしよう。」

「着陸が、一番難しいそうなので。」

「起きてからが本番、ということかな。」


それは俺たちにはもう、本番がないということか。


光の渦に入っていく。俺は慣れ親しんだ羽田空港に着陸したつもりが、次の瞬間、あの本棚の前にいた。なぜか明け方で、一斉に蝉の声がこだまし始めた。

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