第6話 娘の夢

さて、どうしよう。教室にまた入るのも気まずい。小説は持ってきている。一つため息をついて、俺は廊下を歩いた。先生、だからきっと職員室にいるのだろう。確か1階にあったはずだ。板張りの廊下を歩く。職員室の扉を開くと、ガラガラと音を立てた。


「どうしました?」


やはり職員室の机に先生が座っていた。優しそうな目。確かに。天使なのかもしれない。


「ああ、夢に出るんですね。」


先生の机には何もなかった。本とか、散らかってたりとか、そういうもの。一度、国語の先生の机に源氏物語が置いてあって、俺も読んだことがあります、と言ったらとても喜ばれた。そう、それで古典も読むようになったんだっけ。


「私に気を遣わなくても大丈夫ですよ。私は導くためだけの存在ですから。」


まただ。また、何か心を読まれたような気がする。


「夢の中でも、気を遣わなくて結構です。どうぞ、ご自由に。貴方を呼び寄せたのは先方ですから。」

「気を、使ったつもりは・・・。」

「失礼いたしました。では、その夢にでますか?」

「あの、俺は何をすれば・・・。その悪夢みたいなんですが。」

「自由です。お好きなようにされてください。」


それが、一番困る。解決の対策を練ってからことに及びたい。


「いってから感じるのが一番です。ほら、いってらっしゃい。」


そういって、先生は私の手を包み、小説を開いた。


気づくと、自分の書斎にいた。いつものノートパソコン。晴香さんがいつも淹れてくれるコーヒー。


「道照さん。」


後ろを振り向いた。


「晴香さん。」


自分は死んで、どのくらい時間が経ったのだろうか。とても久しぶりに晴香さんを真正面から見た気がする。


「どうしてそんな疲れた顔をしているんですか?」


心配で晴香さんに近づくが、晴香さんは俺の奥の机を見ていた。


「また、あんなにエナジードリンク飲んで。体に悪いです。どうかもう、休んでください。」


エナジードリンク?振り返って机を見てみると、確かに空き缶があった。そっちも飲んだのか。後で洗ってゴミ箱に捨てておかなければ。


「私、私のせいで・・・。」

「何がです?」


突然場面が変わった。急に小さい四角い窓が見える。花の香り。棺桶の中だ。


「私のせいで道照さんが死んだ!」


晴香さんの声が聞こえて慌てて棺桶を開ける。


「晴香さんのせいじゃないです!」


晴香さんは右頬に殴られたような跡があった。思わず頬に触れる。


「これは、どうしたんですか?」

「・・・優花に殴られちゃいました。」

「なんで!?」

「全部私のせいですから。」

「そんなことはない!何もかも晴香さんのせいじゃない!」

「全部、私のせいです!」

「晴香さん!」


目の前に、先生がいた。


「おかえりなさい。」


手には、小説がなくなっていた。


「晴香さんは?」

「夢から覚めたのでしょう。」


優花が、晴香さんを殴った?慌てて職員室を出る。


「失礼します。」


教室に戻ると神司さんがいたが、まっすぐ本棚に向かった。"お父さんなんて大嫌い”そう書かれた優花の小説を手に取る。


※※※※※※※※※※※※※※


「お父さんなんて大嫌い」


ジャングルのうっそうとした草むらをほふく前進で歩いた。お父さんも隣でいつもの笑顔のままついてきてくれている。


やがて、草むらの奥に、光が見えた。リビングでコーヒーを飲みながらくつろぐお母さんの姿が見える。私は銃を構えた。


「お父さん、ほら、今ならお母さんを殺せるよ!」


私はお父さんの肩を叩き、一緒に殺そうと合図する。けれど、お父さんは笑顔のまま言う。


「ダメだよ、優花。」

「なんで!?あいつのせいで、お父さんは死んだんだ!」

「ダメだよ、優花。」

「うるさいうるさいうるさい!!」


銃を放つと散弾銃だったようだ。無数の弾丸がお母さんを貫いた。血みどろのお母さんはリビングで倒れた。


「やった!お母さんが死んだ!これでお父さんが生き返る!」

「優花、君はきっといつか優しい花を咲かせるよ。」


お父さんはいつもの笑顔で私の頭をなでて言う。いつものセリフ。いつも、私が暴れるというセリフ。


「うるさいうるさいうるさい!お父さんなんて大嫌い!」


※※※※※※※※※※※










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