第5話 悪夢を止めてくれ
「悪夢を止める?」
「そう。この夢の中に君は出ることができる。行って、晴香を宥めてやってくれ。そうでないと、晴香は一生君の悪夢を見ることになる。」
「一生?」
そういえば、晴香さんの夢がたくさん並んでいた。どれも同じようなタイトルだったように思う。
「道照さんって本当に何も話してくれないの!自分の好きなものとかしたいこととか全然話してくれないの!」
神司さんが頭を抱えて言った。それは晴香さんがよくする仕草で。もしかして真似ているのだろうか。
「晴香がよく夢で言うセリフだよ。君は寡黙であまり話をしないそうだな。」
「それは、その、自分は言葉にするのが、あまり、得意ではなくて・・・。」
言葉は怖い。どこで人を傷つけるかわからない。どんなに素晴らしい小説でも思わぬところで人が傷ついたりする。言葉は凶器だ。できるだけ発したくない。
「道照君。君はもう、死んだんだよ。」
神司さんが静かに俺を見た。
「夢でどんなに語っても、起きた時に細かく覚えていやしないんだ。だから、精一杯言えなかったことを伝えてくるといい。」
「言えなかったこと?」
言えなかったことが何か、わからない。とにかく一生懸命生きてきた。死んだ実感も湧かないくらいに。
「ああ、もういいから!道照君!」
「はい!」
「死んだのは晴香のせいじゃないんだな!?」
「もちろんです!」
「じゃあもうそれだけ言って来い!」
神司さんは俺の背中を叩いて、教室の外を指した。
「あの・・・。」
「天使様のところに持っていけば夢に出させてもらえるから。ほら、さっさと行ってこい。」
「天使様?」
頭がぐるぐるする。そもそも俺はまだ神司さんの人となりもわかっていなければ、現状もよく把握できていない。
「天使様に見えてないのか?なんだ、神様か?」
「もしかして、先生のことですか?」
「先生?へぇ、小説の編集者だと死んだ後に導いてくれる存在を先生と形容するものなんだな。」
その言い方に少し棘を感じる。大体なんで、神司さんは俺の職業をやたら出してくるんだろう。別に仕事が自分のアイデンティティではないんだが。でも神司さんに多分悪意はない。ほら、だから言葉は危険なんだ。
「すまない。嫌な言い方だったんだな。」
「え?」
「怒っただろう。確かに急かしすぎたな。まだ混乱しているだろうに。」
怒ってるだろう、と言われたのが初めてで動揺する。そういうのが周りにばれたことがない。体調の悪さとか機嫌とか。
「わかるよ。私たちにはもう肉体がないんだから。隠せるものがないんだから。」
「・・・。」
「君、ずっと無表情だったんだよ。死んだというのに動揺も何もしてなくて。でも今はっきりと嫌な顔をしたし、今は困惑している顔をしているよ。」
神司さんの申し訳なさそうな顔を見て、俺は慌てて教室を出てしまった。"いつも穏やかな人”そういわれてきたし、そうしてきた。笑顔をいつも貼り付けてきた。できるだけ、誰も嫌な思いをしないように。そういえば、こんな些細なことで怒ったなんてことがあっただろうか。何も思わなかった気がするんだが。少なくとも、生きている時は。本当は怒りやすかったのだろうか。だめだ。きっとまだ頭の整理がついていないんだ。それだけだ。
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