第4話 妻の夢

改めて本棚を見ると、本当に結構な量だ。こんなにも、人は誰かの夢をみるものなのだろうか。自分はあまり夢の記憶はない。ああ、そうだ。よく夢の中でも仕事していたことはあったな。見てみるとちょくちょく職場の仲間の名前もある。というより、これ作者名で分別されてないのか。こういうのが気になるのは職業病か。


「道照君。」


思わず仕分けしようとした俺の手を、神司さんの声が止めた。仕方なく、一番左上にある"道照さんの大馬鹿者”を手に取って、席に戻った。


「あれは一応時系列で並んでいるから、変えない方がいいと思うよ。」


一応、というのはどういう意味だろうか。変えない方がいいとは。そういう教えをお義父さんに乞うのは失礼に当たるのだろうか。


「ほら、とりあえず読んでみなさい。」


そういわれ、俺は本を開いた。文庫本のその本は随分重いように感じた。


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「道照さんの大馬鹿者」


私は深夜、そっと夫婦の寝室を出た。夫婦の寝室と言っても、一緒に眠ったのはどれくらい前だっただろうか。部屋を出ると案の定、夫の書斎の電気がついていることが、ドアの隙間からわかる。そっとドアを開くと、夫がパソコンに向かって、作業をしていた。私が見る道照さんの姿は、いつもこの後ろ姿だ。


「道照さん。」


私は意を決して、声をかける。道照さんはハッとこちらを振り返り、申し訳なさそうに言う。


「起こしましたか?」

「いえ、そうじゃありませんけれど、もう休んでください。」

「ああ、もう少ししたら寝ますから。」


嘘つき。また明け方まで作業して、電車の中で寝るのだろう。郊外のこの家は、彼の会社まで2時間もかかる。机の上にはすでに3つもエナジードリンクが並んでいた。このままでは本当に体を壊してしまう。


「あの、私、優花も大きくなったし、パートに出ますから。もう少し、仕事を減らしてください。」

「君は何も心配しないでください。」

「いい加減、貴方だけで頑張らないで!」

「お前が弱いからだろう!!」


道照さんは机を叩き、私を指さして言った。


「お前に仕事はできないだろう!前にそれで鬱になったくせに!お前が弱いから優花だってあんな子に育って!お前のせいだろう!」


そういって私に道照さんは詰め寄った。その目から血が流れ、体がドロリと溶け、いつの間にかあたりは葬儀場の場面に変わった。


道照さんは棺桶から血まみれのまま私をおぞましい顔で見ながら言った。


「お前のせいで俺は死んだ!」


そう。そうよ。すべては私のせい。私のせいで、道照さんが死んだ。私が殺した!道照さんの大馬鹿者!どうして私なんかと結婚したの!


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俺は本を読んで、ひどく混乱した。


「どうだい、読んでみた感想は。」

「なぜ晴香さんが俺の死を自分のせいだと責めているんですか?」

「そりゃ責めるよ。君、自分がなぜ死んだかわかってる?」

「そういえば、よく覚えてないんです。」

「脳卒中。原因は過労じゃないか、らしいよ。」

「過労?ずっとこういう生活をしてきたのに?」

「ずっとそういう生活をしてきたからだろう。」

「じゃあ、俺のせいじゃないですか。晴香さんは関係ない。」

「関係ないって・・・。道照君。親の私が言うのもなんだけれど、晴香は本当に君のことを、その、愛していたんだよ?」

「私も、その、本当に晴香さんを大切にしてきたつもりです。」

「これがわからないって、本当かい?なあ、道照君は晴香が寝る間も惜しまず働き続けてたらどうする?」

「止めます!だから私が働いてきたんです。」

「いや、だから・・・そうか。君は自分も思われる立場だということが、著しく欠落しているんだね。」


どういうことです?どうして、晴香さんが自分を責めて泣くんです?何か自分が間違っているらしい。だけど、それがわからない。自分は本当に妻と娘のことを考えて、想って生きてきたはずだ。


神司さんは小説を指さして言った。


「道照君、晴香の父親として、お願いをするよ。晴香の悪夢を止めてやってくれ。それは君にしかできないから。」



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