第3話 死んだことがわからない

「それは晴香がよく、父が死んだのは自分のせいだと責めていたからですか?」

「晴香のせいなんかじゃない!あの子はただ小学校に行っていただけだ。私がいつもの発作だと思って妻も呼ばなかったのがいけなかった。光子も随分自分を責めて、本当に最後まで迷惑かけっぱなしだ。道照君。私はね、高齢の両親の間に生まれた子だった。神がくださった子供だと名前が「神司」になった。ところが生まれてきたら先天的に心臓が弱くて、学校にもまともにいけず、親を働かせて、光子を働かせて。私が死んでからは、晴香は一人で家にいることが多くなって随分と寂しい思いをさせてしまった。本当にひどい人生だ。」


そんなことはないですよ。晴香は貴方と過ごす時間が大好きだと言っていた。心臓が弱いのは貴方のせいじゃない。さて、どの言葉を出すのが正解だろう。今、彼を苦しそうな顔をさせてしまったのは自分の問いかけのせいだ。


「君はずいぶんと真面目な性格なんだね。」

「・・・よく言われます。」

「言っておくが、私がひどい人生だ、と言ったのは、迷惑かけっぱなしなことを申し訳ないと思い続けたことだよ。最後まで、そう思って感謝してこなかったことだ。」

「迷惑をできる限りかけないようにしてきたつもりです。」

「何を言ってるんだ。君は、死んでしまったんだよ。これ以上の迷惑はないんだよ。」

「・・・もしそれがお金のことを言ってらっしゃるなら大丈夫です。俺は死亡保険を3億かけていますし。」

「3億!?」

「はい。家のローンも俺が死んだ場合なくなるようにしてあります。俺が死んでも生活に困ることはないかと。」

「いや、すまないが道照君、小説の編集者ってのはそんなに儲かるものなのかい?」

「いえ。なので副業や株の投資なども色々と勉強しまして。だから晴香さんに迷惑はかかりません。」

「迷惑はかからないと、本当にそう思っているのかい?」

「・・・足りなかったでしょうか。」


神司さんがうなだれてしまった。何かまずかったろうか。ただ、本当に自分の思いつく限りのことを晴香にしてきたつもりなのだが。


「どうやら、私は"迷惑”という言葉を間違って使っているようだね。少なくとも君にとって。君は自分が死んで、晴香や優花ちゃんが何も思わないと思っているのかね?」


考えたことがなかった。もちろん多少は悲しんでくれるとは思うが。けれど、生活に困らなければいずれ癒えていくものだ。


「君は近しい人が亡くなったことはないのかい?」

「・・・俺も父親が。」

「その時、どう思ったかな?」

「正直、何も。大学から上京して、数年に1度会うかどうかの状態でしたので。うちは家族の仲がいい方ではなく・・・。」

「なるほど。君は“死ぬ”ということがどういうことかわかってないのだね。それは生まれ変わりもせず、ここに来るはずだ。」

「ここは、天国、ではないのですか?」

「そうだなぁ・・・。」


神司さんは右手を顎にあて、しばらく言葉を探していた。


「うん、ここは天国というより反省場所かな。生き抜けなかった者の。」

「・・・反省、ですか?」

「自分でわかるのが一番だ。道照くん。君はまだ夢にでていないのかい?」

「はい。」

「出て味わうといい。晴香はたくさん君の夢を見ると思うから。」

「いや、あの、でもタイトルが・・・。」

「タイトル?」

「あの、"道照さんの大馬鹿者”というタイトルだったかと。」

「はは!その通りだ!」

「・・・。」

「多分、君が思っていることと違うよ。読みなさい。あ、君も漫画なのかな?」

「あ、いえ、自分は小説で。」

「失礼。小説の編集者でしたね。私も小説はたくさん読んだんだが、ほら図書館にはあまり漫画がないでしょう?だから漫画を買ってもらえるのがすごく楽しみでね。おっと、また私が話しすぎてしまう。ほらほら、その大馬鹿ものとやらをぜひ読んでみなさい。」


神司さんが手を払ってさっさと取って来いとジェスチャーする。俺はしぶしぶ本棚へ向かった。





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