第2話 お義父さんとの出会い

先生は一方的に説明だけして、消えてしまった。質問を受け付ける気はないらしい。

大きめの本棚を癖で左から順に見ていく。


「道照さんの大バカ者 冬賀晴香」「お父さんなんて大嫌い 冬賀優花」


強烈なタイトルに思わず本棚から離れた。ショックだ。正直、妻と娘からは好かれていると思っていたのに。寝る間も惜しんで働いてきたのに。


自分の席に座る。懐かしい光景。本棚以外、すべて記憶のままだ。日直とかかれた黒板。掃除道具入れ。カバン。中学校3年間をここで暮らせたのは本当に大きかった。親父は大分の警察官で、ずっと交番勤務だった。勤務先が2,3年に1度、下手したら1年で変わるため、引っ越しが多かった。何せ田舎だ。勤務先が変わると引越しせざる得ないくらい遠いのだ。小学校では3回引越しをしていた。友達を作る意味がないのでずっと図書館で借りた本を読んでるような子だったが、中学校の時は違った。ひたすら友達に連れ出されては、毎年夏休みは焼けた皮がむけていた。


ふと腕を見ると、皮が破けている。そうそう、2学期の初めは授業中、こいつをよく剝いていたな。


「こんにちわ。」


剥いていた皮が大きくはがれた。ちょっと痛い。

声がした後ろの席を見ると若い男性が座っていた。真っ白い肌、細い体、肩にかかるくらいの長髪。優し気なか弱い笑顔。


「冬賀道照さんだね。待ってたよ。」

「・・・鈴木神司さんですか?」

「すごい!よくわかったね!」


神司さんはバシバシと俺の背中を叩いた。


「絶対にわからないと思ったから、しばらく正体を隠そうかと思っていたよ。」

「妻がよく話していたので。」

「いや、それでもすごいよ。会ったことのない義理の父をきちんと覚えているなんて!下手したら名前も覚えていないものだよ。」


はは、と神司さんは楽しそうに笑った。妻、晴香の父である神司さんは生まれつき心臓が弱く、晴香が7歳の時に亡くなったと聞いている。神司さんがずっと家にいたので、幼少の頃は寂しくなかったと話していた。物静かで優しい人だったと聞いていたが、そうでもなさそうだ。


「私、鈴木晴香さんと結婚させていただいた、冬賀道照と申します。」

「いいよいいよ、挨拶なんて!」


神司さんはまたバシバシと俺の背中を叩いた。


「晴香の夢で、散々君には会っているんだよ。しかし、聞いていた話と随分印象が違うな。」

「・・・と言いますと?」

「結婚届を勝手に出す。勝手に仕事を辞めさせる。勝手に郊外の一軒家を買ってくる。随分破天荒な旦那をもらってきたものだと思ったよ。」


冷や汗がでる。そう晴香には思われていたのだろうか。どれもこれも妻のことを思っての行動だったのに。


「そんな申し訳なさそうな顔をしないでくれ。晴香は愚痴っていたが、晴香のことを考えての行動だと、僕はよくわかっているよ。」

「愚痴っていた・・・。」

「女性はそういうものじゃないか。」


神司さんは窓辺に寄り掛かる。少し諦めたように遠くをみた。


「君にね、こっちで会えたらお礼を言おうとずっと思っていたよ。晴香は、光子のせいで随分とわがままを言えない子に育ってしまったから。いや、光子にも心から感謝しているんだけれど。」


光子、とは晴香の母親の名前だ。空手の黒帯で、看護士というかなり強い人で、娘の優花のことで随分お世話になっていた。


「僕がもう少し長く生きていられたら、もう少し違う人生を晴香は歩めたんじゃないかと、ずっと後悔しているよ。」





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