天国の学校から

K.night

第1話 お迎え

多分、まずい。これはだいぶまずい。

体調不良で仕事を早退し、家に帰る電車に乗った。多分。


視界がぼやけている。思考ができない。ダメだ、ここに居たら誰かに迷惑をかけてしまう。


それだけの思いで電車を降りた。誰かにぶつかった気もするが口も回らない。


電車のホームの椅子に座りこみ、冬賀道照はその最後を迎えた。




「よく頑張りましたね。」


そんな声に目を覚ます。真っ白い視界の中に、中性的な美しい人が自分を覗きこんでいる。ぼんやりとした頭であたりを見回すとどこもかしこも白く、まるで光の中にいるようだ。今いるところもふわふわしている。


「ここは?」

「貴方の最後の夢の中ですよ。」

「夢?」

「さあ、いらっしゃい。このまま連れていきますよ。」


美しい人は俺の手を取って、歩き出す。どこまでも美しい白い世界の中を。なんだか少し気分がいい。


「もしかして、俺は死にました?」

「はい。」

「そうか。やっちゃったな。じゃあここは天国とやらですか。」

「貴方がそう思うなら、それで構いません。」

「どういうことです?」

「貴方が思う通りでいいんです。さあ、着きましたよ。」


白が煙のようにはけると、目の前に学校の校舎が現れた。自分が中学生の頃に通っていた学校にとてもよく似ている。いや、同じだ。蝉の声。眩しい太陽。生い茂る木々。夏の、学校だ。


「学校?なぜ?」

「貴方には学校に見えるんですね。」

「どういうことですか?」

「ここは貴方の見たいように見える世界ですから。貴方にとって学校が一番よかったのではないかと。」


確かに思い返してみれば、中学校の時が一番楽しかったように思える。大分の田舎の中学校だったけれど、悪ガキみたいな奴がいなくて、みんなよくも悪くも子供っぽくて、毎日ばかみたいに何もない田舎で遊んで回っていた。特に夏休みは毎日のように川遊びや虫取りやいろんなことをしたなぁ。


美しい人はそのまま俺の手を握っている。よく考えれば45歳のおっさんがこんなきれいな人に手を引かれている図とはなんとも変だ。気恥ずかしくなってきた。


そのまま手を引かれて校舎に入る。途中途中、何かにすれ違う気配がした。


「ここ何かいますか?」


1年1組の教室前を通りながら、手を引く人に聞いた。


「たくさん、人の魂がありますよ。貴方にかかわりが強い人ほどはっきり見えます。」

「それは、幽霊的な・・・。」


勘弁してくれ。ホラーは苦手だ。


「幽霊でもなんでもいいですよ。さあ、お好きな席へどうぞ。」


そういって1年3組の教室に導かれた。懐かしい。俺の中学1年の時のクラスだ。


俺は窓際の一番前の席に座った。この席が一番のお気に入りだった。暑いし、寒いし、黒板みにくいし、最悪じゃないかと言われたがここから見渡す教室の景色が好きだった。


俺が席に座ると、美しい人は教壇に立った。


「貴方は先生でしたか。」


そういうと、先生はふっと笑った。


「それでいいですよ。私に名前はありませんから。それでは先生らしく、ここでのルールを説明いたしますね。」


そう聞くと癖でメモを取り出した。メモもペンをいつもの場所に入っていた。


「ルールは大きく3つ。まず、今から貴方は好きなタイミングで生まれ変わっていただいて構いません。そろそろ生まれ変わろうかと思ったタイミングで私に声をかけてください。次に、生まれ変わる際は一つだけお願いごとができます。叶うかどうかは保証されていませんが。最後に、これが一番大事かもしれません。ここでは好きなことができます。想像通りいくらでも作り出したり、遊んだりできます。ただ生きている人と接点を持つ方法は一つだけです。」


矢継ぎ早に言われて、メモが取らないと思ったら、目の前にノートが現れた。昔、妻からもらった黒の革張りのノート。懐かしいと触っていると、先生は教壇の隅にきた。先生の机があった場所が本棚に変わった。


「ここに、生きている人が生きている間に見た、貴方が出てきた夢のすべてあります。見るだけでも構いませんが、貴方自身が夢の中に出ることも可能です。出たい夢があれば、私に言ってください。ちなみに貴方の夢の中での振る舞いで残りの夢の内容がすっかり書き換わることもありますので、そちらはご注意を。」

「この本がですか?」

「本に見えているんですね。」

「ええ。小説の文庫本が並んでいます。」

「なるほど。夢は貴方が一番親しみやすい状態で出るんです。最近はスマホの動画で見る、みたいな人も増えました。」

「私、小説の編集者をしていましたので。」


本棚の前に出てみると、タイトルと作者名の背表紙が並ぶ。作者名は妻の冬賀晴香と娘の冬賀優花の名前が多く並んでいる。


「基本的なルールはそれだけです。それでは生まれ変わるまでの一時を存分に味わってください。」


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