開かれた傷跡

てると

第1話 いいね

 ただ普通に生きていた頃のことを思い出す。青く晴れた日の海は、波の一つ一つが楽しくて、風に流れていく友達みんなの声が永遠の希望で、髪に入り込む黒い砂粒を払い落とすことは、その頃の私には考えられなかった。そんな永遠のような束の間の季節が過ぎて、私は気づけば高校生になっていた。



「じゃあ、今のところ唯奈は、特に困ったこともない感じか」

「はい、大丈夫です。課題についていけないくらいですね」

「それは高校だから、時間を工夫して頑張らないとね」

「わかりました」


 5月の始め、放課後の教室で一人ずつの面談があった。本当になんとかしてほしいことは面談ではどうにもならないことを知っているから、そんなことは散々学んできたから、とにかく先生に目立ってしまわないように徹するだけ。そうしてこの田舎の校舎から1時間に1本の電車で家路を急ぐ。だからといって、中学の頃の友達とも、うまくいかなくなって連絡を切ったから、電車の中でも家に帰ってもただぼんやりとスマホの画面をスクロールしているだけで、大していいこともあるわけじゃないし、かといってなにかいい案があるわけでもないから、困っているのだけど。


 最寄り駅から家族4人で住んでいるアパートまでのいつもの道を、スマホに繋いだイヤホンで音楽を聴きながら、その表情のない街を歩く。この音楽は、中学の頃に友達が聴いていたポップソングだけれど、どこか今のこの街の雰囲気には合っていないような気がしている。でも、かりにこんな歌を大勢の前で歌うようになれれば、普通だった頃の感覚が取り戻せる気もする。そんな思いが浮かんでは消えながら、いつしか部屋に着いていた。



 二学期制の高校の、前期をなんとか乗り切って、Twitterしかしていなかった夏が過ぎて、秋が来た。この頃、少し学校生活に変化があった。家庭科の調理実習で一緒になった同級生が友達になった。すぐに話さなくなるかもしれないという不安感があったから、その日のうちに駅でLINEを交換した。そうして、毎日その子と話すようになった。自分の部屋でTwitterをスクロールしていても、なんだか頭のどこかでずっと悩みが流れているからよくないと思っていた。だから、友達と話しているときはその感覚がうまく忘れられるから、気づいたらその友達と毎晩やりとりするのが習慣になっていた。不思議なことで、自分一人の頭の中で悩みが回り続けているのは鈍い痛みがずっと押し寄せてくるような苦しさがあるのに、友達とお互いの悩みを言い合うのは、なんの解決にもならないのにあの鈍い痛みがなくなって、ある時気づくと、完璧な依存になっていた。それに気づいた瞬間から、相手が離れていくことが怖くなってしまって、この悪循環を断ち切らないといけないと思ったから、心を打ち明けられる人を増やしてみることにした。そうしてTwitterの学校用アカウントにも、ときどき、はっきりとではないけれど悩みの欠片を書くようにした。そうして過ごしていた冬のある日、ある先輩から私のつぶやきに「いいね」がつけられた。私がその先輩のつぶやきを見てみたら、一見わかるようなわからないような冗談系のツイートが多かったのだけど、何か言語化しづらい、何か、「気配」、のようなものを察した。そうして、その先輩にダイレクトメッセージを送った。

「こんばんは!いいね、ありがとうございます!」

 この行動が良かったのか悪かったのか、私にはわからないけれど、少なくとも、その時の私はそうするしかなかったということは断言できる。こうして、私は「先輩」と出会ってしまった。

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開かれた傷跡 てると @aichi_the_east

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