第2話


 その後、暫くして僕等は喫茶店を出た。


 松木が車で送ってくれるというので、僕は車の助手席に乗った。



 「入沢、まだ少し時間あるか?」


 助手席に座った僕に、松木は訪ねてきた。


 「まぁ、時間はあるけど……」

 「なら、ちょっと付き合ってくれ。どうしても行っておきたい場所がある」


 真剣な表情で言う松木を見て、やや怪訝な表情を浮かべながらも、僕は頷いた。 



  ◇  ◇  ◇



 「今になってみて、少しだけ新田の気持ちが分かった気がするんだ……。本当に少しだけだけどな」


 何処に向かっているか分からないままだが、松木は運転しながら言った。

 僕はその言葉に驚きもしたが、敢えて気怠そうに答えた。


 「だからさぁ……。少なくとも、僕達はその台詞を言っちゃあいけないだろ?」

 「そうなんだと思うからこそ……なのかな?退屈ってわけじゃないんだけど、何か物足りない。そんな気分でさ……」

 「それに納得して、折り合い付けていくのが普通……なんだろ?その道を選んだのが僕達じゃないのか?」

 「そんなに難しく考えた事は無いよ。俺はただ、流れに逆らえなかったっだけ」

 「そういうモンなんだろ結局……。って、口では言ってるけど……。僕も全然分からないって訳じゃ無い。正直、こんな人生が続くかと思うと……少しゾっとする」

 「あぁ……。だけど……お前は死んだりするなよ?」


 松木は前を向いたままだが、真剣な表情と口調で答えた。


 「そんな事を出来る度胸すら僕には無いよ。だからこそ、まだ、悔やんでるんだ……」


 二人共、次の言葉が見つからず黙る。



 僕は、窓の外の見慣れた風景を眺めながら考えていた。


 新田の事を……。



  ◇  ◇  ◇



 僕、松木、伊崎そして新田の四人は同じ高校の同級生で友人で……親友で……。

 そして、一緒にバンドを組んでいた。

 高校卒業後は皆で上京し、プロを目指していた。



 しかし、歳をとるにつれて”夢”という言葉自体に、恥ずかしさと疑問を覚え始め、次第に重苦しくなりバンドは解散。


 僕と松木は地元に戻った。

 よくある話だ。


 しかし、新田と伊崎は諦める事が出来ず、東京に残り夢を追いかけ続けた。

 そして三年が過ぎた頃。


 新田は……自殺した。



 遺書も無く、突発的に自殺に至った可能性が高いらしい。

 少しづつ”現実”という魔物が新田を追い詰めていたのかもしれない。



 葬儀の際に、新田の両親から遺品として新田の愛用していたベースを僕等”元”バンドメンバーが預かった。

 バンドを組んでいた頃と、なんら変わりのない状態の五年ローンで購入した決意の塊が、新田の死を僕達に痛感させた。


 あの時に感じたのは、悲しさと表現するよりも絶望感。

 友人が死んだという事実以上に、僕の中で何かが完全に終わってしまったという様な感覚は、説明し難い。


 他の二人がどう思ったのかは知らないが、僕の中では僕自身の未来、その可能性まで絶たれてしまった様な、そんな錯覚に襲われた。

 そんな絶望感と共に、罪悪感も感じていた。

 僕は、勝手に新田に夢を預けた気になっていたのかもしれない……。

 バンドの事を忘れかけてきている今でさえも、心に刺さった棘の様に残っている。



 メンバーの中でも、新田と特に仲の良かった伊崎は、僕や松木よりも深いダメージを負っただろう……。

 そう思うと、伊崎が今、何処で何をしているのかは分からないが、心配ではある。

 僕に出来る事は何も無いと理解した上で……。



 伊崎とは、新田の葬儀で会った以降は会う機会が無かった。

 音信不通というよりも、行方不明に近いかもしれない。

 もしかしたら、僕等の事を裏切り者だと思っているのかもしれない。

 そう思われても仕方がない……。



 電話には出ず、後に番号も変わった。

 今では、親族でさえも所在が分から無いという……。



 新田の葬儀の際に受け取ったベースは分解し、三人でパーツを分けて持つ事にした。

 伊崎にはボディという、原型の一番分かりやすいパーツを渡した。

 伊崎にはそれを持つ資格があると、僕等が判断したのだ。


 その時に僕等は一つ約束をした。


 『いつか、皆が受け入れられた時に……もう一度このベースを組み上げて酒を飲もう』と……。


 未だにその約束が果たされる予定は無い。

 消滅してしまうものだと諦めている。

 ひょっとしたら今日がその日なのでは?と、ほんの少しの期待をしたのだが、その日では無い様だ。

 そもそも、伊崎が見つかっていない。


 それに僕も、折り合いを付けられたという実感は無い……。

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