F17

麻田 雄

第1話


 燦燦と照り付ける太陽。

 驚異的なまでの湿度。


 若者にしてみれば、ひょっとしたら心躍る季節なのかも知れない。

 だが、中年に差し掛かったというか、もう完全に中年と言われてしまう年齢になった僕には、この暑さは暴力と言わざる負えない。


 いや、年々気温は上昇している。

 流石に僕等が若かった頃とは少し事情が違うだろう。

 今の若者もこの暑さはきつい筈だ。


 そんな事を考えながら、冷房が効いた大手チェーンの喫茶店で、三年程振りに会う友人の松木まつきを待っていた。


 店内は”お盆”という大型連休のせいで、結構な混雑をしていた。

 かく言う僕も、その恩恵を受けてここに居る訳だが……。



 暫く待つと、松木が店内に入ってくるのを見付けた。


 松木に分かるように僕は立ち上がり、手を上げた。


 松木は僕に気が付き、こちらに向かって来る。


 「入沢いりさわ、久しぶり」

 「久しぶり。三年振りか?」

 「えっと?そんな経つんだっけ?」

 「そんな経ってるな」

 「何か最近時間経つの早くってさ。よく分かんなくなって来てるよ」

 「それだけ歳をとったって事だよな?」

 「はは……笑えない話だな」


 松木は笑いながら言う。


 「とりあえず、座れば?」

 「あぁ」


 そう答えると松木は椅子に座った。




 簡単な近況報告を終えた後、僕らは思い出話に華を咲かせた。


 「そうそう、あの時お前と伊崎いさきが便所で動けなくって大変だったんだからなぁ」

 「そんな事言ったら、松木だってライブ前に倒れそうになってただろ?」

 「あぁ、あれはキツかったな。まさかスピリタス飲まされるとは思わなかった」

 「……あの時は僕達も悪かったと思ってるよ。騙した訳だしな」

 「まさか、新田にったまで仕掛け側にいると思わなかったからな。すっかり騙されたよ」

 「まぁ、新田も結構、乗り気だった気がしたけどな……」


 そう言った後に、互いに言葉を失った。


 「五年か……」


 暫くして、松木は呟くように言った。


 「あぁ……」


 僕はとにかく、この空気を変えたかった。


 「……しかし、よくこの時期に出て来られたな。家族サービスしなくて奥さんは怒らなかったのか?」

 「あっ、あぁ、まだ夏休み残ってるからな。一日くらいは許して貰わないと俺の身が持たないよ」

 「子供は何歳になったんだっけ?」

 「二歳。まだまだ手が掛かって大変だよ」

 「旅行とかはまだ大変な歳か?」

 「う~ん。出来ない事も無いけど、先立つものがな……」

 「そのくらいの給料は貰ってんじゃないの?」

 「そんなに貰ってないよ。まぁ、所帯持つって色々大変でさ」

 「独り身にはよく分かんね」

 「本当に、独身貴族という言葉の意味が身に染みて分かったよ」

 「そうなんだろうな……だけど、幸せそうで何よりだ」

 「あぁ、少なくとも不幸って事はないかもな……」


 軽い笑みを浮かべ、松木はコーヒーを一口飲んだ後――


 「でもさ。……たまに思うんだよ」

 「……何を?」

 「全てを投げ出して、何かでっかい事をやってやりたいな、とか。……でも、すぐ冷静になって無理だと気付くんだ……それで、また虚しくなる」


 松木は目線を上げずにコーヒーを眺めていた。


 「そんな事は考えるだけ無駄だろ。止めといた方が良いよ、そういうのは……」


 「そうだな……」と、自分の言った言葉に後悔した様子で気まずそうな表情をする松木。



 僕等は再び黙る。



 少しの沈黙の後、僕は気に掛かっていた事を訊いてみる事にした。


 「そういえば伊崎には連絡しなかったのか?」


 この場面で伊崎の名前を出したのは、選択ミスだったと思う。

 何を話して良いか分からなくなった僕は、苦し紛れに口にしてしまった。


 「連絡先、知らないしな……。それに、多分、こっちに帰ってきてもいないだろうし……」

 「そっか、そうだよな……」


 僕は伊崎の名前を出した事を、そこで後悔した。

 久しぶりに旧友と会って、何故こんなにも気まずくならなくてはいけないのだろうか……?


 「なんでこんな風になっちまったのかな俺達。もっと楽しい未来を想像した筈だったのに……」


 僕の気持ちを代弁するように、寂しそうな目で窓の外を眺める松木。

 そこには、十代くらいと思われるグループが楽しそうに会話していた。


 「……思うようにはならないもんだよな」


 僕は手元のコーヒーを眺めて言った。


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