第1話 一喜一憂
「凜!凜!!いい加減に起きなさい!」
午後15時過ぎの昼。大きな声が聞こえてきた。声の聞こえ方から考えると、たぶんリビングからだ。
その声が耳に響いてうるさくて、気持ちの良い眠りから覚めてしまい、暫くして、ぼんやりとした意識のまましぶしぶ体を起こして布団から出た。
「ふわぁ〜…まだちょっと眠い…」
「でもまたここで寝ちゃったら絶対ママに雷落とされる…もうお昼過ぎだし、さすがに起きよっと…」
─────────────────
リビングに着いて、自分のイスに座った。
まだ頭が少しぼーっとしてる。いつも寝起きはこんな感じになる。
「こら、凜!早くパンを焼くなり準備しなさい!それにさっきだってママ何回呼んだと思ってるの!?毎日毎日いい加減にしてちょうだい!ちょっとはこっちの身にもなったらどうなの!」
また始まっちゃった…いつもママはすぐに怒る。凜はさっき起きたばっかりでまだ頭ぼんやりしてるのに、ちょっと憂鬱…
「凜、聞いてるの!?何その態度は!あんたはいつもいつもそうやって親をバカにして…いったい何様のつもりよ!」
別にバカになんてしてないのに…どうやったらそんな発想になるんだろ?たしかに起きたばかりでまだ頭がぼんやりしてる時に大きな声を出して怒られたら気分良くないけど、だからってそれでいつ凜はママのことをバカにしたんだろう。ママはやっぱり被害妄想がちょっと激しいのかな。
「え…?バカにしてなんかいないよ。ちゃんと聞いてるもん。ただ凜は頭がぼんやりしてるから、それで…」
「またそうやって言い訳する!どうしてあんたはいつもそう余計なことばかり言うの!その時点で全く反省していない証拠よ、いつも絶対に素直に謝らないで屁理屈ばかり」
「うん、わかった。ごめんなさい」
「ちょっと何それ!それが人に謝る態度?」
「わかった、ちゃんと今からパンも焼くから」
「今はそういうことを言ってるんじゃない!話を逸らそうとしないで!」
「え、なんで?なにがダメだったの?ちゃんと謝ったのに…それにママは最初に早くパンを焼きなさいって言ったからそのことで言ってるんでしょ?だから今からそれもしようとして」
「全部よ!いつも呼ばれてもすぐに起きてこない、何回呼んでも起きてこない、起きてきてもぼけーっとしたまま動かない、あんたは全部、人任せ!いつまで親を頼る気なの?あんたはもう21歳なのよ、本来なら外で働いて家にお金を入れて家のことも手伝うのが普通なの!それなのにあんたは家にずっといて働きもしないで毎日ゴロゴロして不摂生な生活を送って…」
「………」
あれから、ママのお説教は凛がパンを食べ終わるまで続いた。
今はやっと自分のお部屋に帰ってきて、ゆっくりタイム♪
(はぁ…いつもこうなるんだもん)
「凜が悪いのも分かってる。でもそんなに怒らなくたっていいのにって思う。どうせ怒るにしても、もっと穏やかに教えて欲しい。凜はあーしろこーしろって言われるだけじゃわかんないし、ネットにも『親が子供に叱る場合は、強く怒るよりも子供が理解できるように丁寧に、その子に合った教え方でレクチャーしてあげましょう』って、よく書いてあるし……」
「凜よりもっと何もしない子だって他にいるのに、その子たちはそれが当たり前で怒られないのに凜はこうやってすぐ怒られる。できないものはできないのに、できないことも、わからないことも許してもらえないし、わざとじゃないのに怒られる。些細なことでも頭ごなしに叱られるし、意見を言ったら余計に怒られる…どうして凜ばっかりこうなの?世の中は不公平だよ!」
「それに今ふと思ったんだけど…ママはよく凜を他の家の子と比べて否定したり責めるのに、凜が他の家の親と比べたらママはすぐに怒るよね。これも理不尽だし矛盾してるような……」
いつものように凜は、溜まりに溜まった不満を部屋でこぼした。
「…そういえば思い返してみれば、昔は今よりもママのことを口うるさいとか、わかってくれないなんて思ったことは、そこまでなかったかも」
凜のお家は、凜とママの2人暮らし。
パパは、死んだとかじゃないけど色々あってすぐに離婚したみたいで、凜はその時は小学校に入る前くらい。それからはママと2人で暮らすようになった。一人っ子だし、友達もなんでか昔からできないからママしか味方はいなかった。凜は決して大人しかったり引っ込み思案ってわけじゃないけど、どこか“違う”からなのかな?小さい頃からみんなと比べて浮いてるっていうか、ズレてるっていうか。
とくに小学校高学年から中学校時代からは、もともと勉強もついていけないし友達もいない上にめんどくさいし自由もないしで、なんにもやる気が起きなくてわざと遅れて登校したり、ママにバレない範囲でズル休みっぽいこともしてた。
それから中学校の担任の先生の推薦で、高校は定時制の所に通うことになったけど、それでも追試に引っかかって、とても自力じゃ終わらせられない課題の量を出された。なんとかママに徹夜してほとんど手伝ってもらいながら、やっとのことで無事に高校も卒業。
今はもう21歳になったけど、大人っていう自覚は今でもわかないし、お仕事も当然できる能力なんて無い上に絶対に続かない。それに人間関係も正直、失敗する自信しかないから働く気なんて起きず、一人暮らしも絶対にできないからママと2人で実家暮らしのままで、当然ママ以外とは誰とも関わる機会はなくなった。
凜は人と関わりたい気持ちも強いけど、ほぼ必ずいつも何かしら失敗して終わっちゃうし、自分を押し殺してまで妥協して人に合わせるなんてこともフェアじゃない感じで苦手だから、ずっとぼっちで半引きこもりのニートみたいになってる。
というよりも、この世界、とくに日本は労働や人間関係がハードすぎるし、凜とは社会構造も国民性も全てが真反対で合わなさすぎるよ。こんな所でうまくやっていけるほうが逆にすごいなっていつも思う。
「……凜が落ちこぼれなんじゃなくて、この世界がおかしいんだ」
「あ〜あ…こんな理不尽で矛盾だらけの世界どうやったら創れるんだろう、宇宙の神様は。凜だったらもっと、みんながイヤな気持ちにならずにずっと平和でみんながお互いに尊重し合えて、イヤなこともしなくて良い、そんな理想的で完璧な世界を創れるのになあ。凜も神様の力が欲しい……」
そう1人で愚痴をこぼしながら早速、凜はそれっぽいことをネットで検索し始めた。だって、気になったらすぐに調べずにいられないんだもん。
〖世界 変える方法〗〖宇宙 真理〗〖世の中 理不尽〗〖この世界 誰が創った〗
次から次へと頭に浮かび上がった、関連する疑問やキーワードを入力して、たくさん調べた。
すると、いつものように、検索ワードで引っかかった某質問サイトに辿りついて、凜と同じ疑問についての質問や意見を書き込んでいる人達を見かけた。
いずれもほとんどが『この世の中や多くの人間は理不尽極まりない』という内容のもの。
(同じ思いを抱いてる人が同じ思いを投稿してるのって、ちょっと嬉しいな)
だけど油断は禁物。この世の中はそう一筋縄ではいかないもの。
早速、そんな世の中の極悪さを自らの発言をもってして示した良い例となる回答者が現れた。
『それってあなたの感想ですよね?』
『>>世の中や多くの人間は理不尽ですよね。
それはあなたがどうしようもない底辺だからそう感じるだけなのでは?』
『あなた個人の意見を他人に押し付けるのはやめましょう』
(また出た、とりあえず批判してやろう精神の回答者達…!批判するためにわざわざ回答してなんの意味があるのかほんとにいっつも不思議。この人達こそ批判してる時点で「押し付け」てるのに、それは許されるってこと?また矛盾してる。真実を言う人ほど問答無用で理不尽に裁かれて、そういう横暴な人ほど賞賛する、まさに理不尽と矛盾で溢れかえった世界だよ。こういう人達こそ裁かれるべきなのに!もう修正したい箇所が多すぎるよこの世界…)
こうやって、何かのきっかけで湧き上がる疑問を解決したい、知りたいっていう衝動がいつも抑えられなくて、ついついネットを見て、それで疑問が解消されるどころか余計に不満が募るだけの悪循環に陥りがち。だけど唯一変わらないただひとつの思いは、更に強くなっていった。
“いつか、この世界を攻略してやりたい”──。
そんな淡い夢を胸に、早速もう先のことを空想して悦に浸りながら、気付けば眠りについていた。
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