第23話 期待、不安、そして自覚してしまった想い

 わたしはあっと声を上げた。


 そうだ、今のカズキくんは魔王であって魔王でない存在なのだ。


 つまり、魔族としては早く立派な(?)魔王として覚醒して欲しいと思っているはずなのだ。


 シルフィア様がカズキくんに施したという封印を解くために活動していてもおかしくない。


 魔族の強さはピンからキリまであるけれど、上級魔族の強さは人間の想像の及ぶところではない、それこそ一国の軍隊にも匹敵すると言う学者もいるぐらいだ。


 そんな奴らに狙われているのなら……。


 わたしがそこまで考えたところで、リューヤくんがアリッサの言葉を引き継ぐ形で口を開く。


「封印されていても、魔族にはカズキが魔王の力を宿していることがわかるらしい、奴らはまだ本格的な動きは見せていないがいつ動き出すとも知れない。だから、奴らが本格的に動き出す前にそれの対策もしておきたいと思ったんだ、つまり俺たちはデスティニーブレイカー探しと並行して魔族に対抗できる力も探してるわけだ」


 その言葉にわたしは納得がいった、なるほど、勇者の武器と言うのが実在しているのなら間違いなく魔族に対しては有効なはずだ。


 たとえ不確実な情報であろうとも、それにすがりたくなる気持ちもよく分かる。


「だけど」


 とここでカズキくんが口を開いた。


「魔族に対抗する力はもう探さなくてもいいかもしれない」


 彼はわたしの顔を真正面から見つめながらそう言った。


 え? どういうこと? と言うかなんでここでわたしの顔を見るわけ……?


「そ、それはどういうこと?」


 何度目か、ドギマギしながらもなんとか言葉を紡ぐわたし。


 そんなわたしに対しカズキくんはキョトンとした顔を見せる。そして、何を言ってるんだいと言わんばかりにこう言った。


「クリスが……勇者である君が仲間に加わってくれたじゃないか。もう魔族なんて恐るるに足らないってね」


 彼はニッと屈託のない笑みを浮かべて見せた。


 そんなカズキくんの笑顔に、わたしはまたもドギマギ――って違う違う違う! 


「ちょっ! ちょっと待って!」


 思わず声を上げるわたしを遮るように今度はラルクくんが口を開いた。


「そうだね、勇者の持つ聖術は魔族には絶大な効果を発揮する、それこそ魔王でも殺せるほどにね、君がカズキの敵として現れた時は正直肝を冷やしたけど、君がカズキの味方になってくれて良かったと思ってる」


 ちょ、ちょっと待ってよ、なんかすごく期待されてるみたいだけど、わたしそんなに強くないんですけどぉ!


 そりゃわたしは確かに勇者の子孫で、聖術を使えるし当初魔王を殺そうとしてたわよ?


 けどわたし本当は魔王を不意打ちするつもりで、真正面から戦おうなんて思ってなかったのよ。


 とっておきの退魔石を使ってようやくアークデーモンを倒せるようなわたしが、大怪獣を殴り飛ばしたり火だるまにしたり、挙句の果てには一刀両断出来る人たちと肩を並べられるわけがない。


 しかし、そんなわたしの戸惑いをよそに、カズキくんたちは盛り上がっている。


「元魔王の居城にあるという勇者の武器の話が本当で、もしクリスがそれを装備したとしらまさに鬼に金棒、それこそ魔王以外の相手ならどんなやつでも瞬殺してしまうほどに強くなるかもしれないわね」


 アリッサの言葉にわたしは思わず苦笑いを浮かべる。いやいやいや、無理だって、わたしがそんな武器持ったとしたら鬼に金棒じゃなくて猫に小判だよ。


「あ、あの~……」


 なんとか訂正しなければならない、わたしはおずおずと口を開くがその先の言葉を発する前に、カズキくんが、


「まあともかく、明日もう一度元魔王の居城への洞窟に挑戦してみよう、それで駄目ならそれに関しては諦めてデスティニーブレイカー探しを優先するために別の町に行こう」


 と言ったのであった。


 そんな彼の言葉にみんなは頷き、ここでこの話は終わってしまった。


 いや、別にいいんだけどさ……ううう、わたし必要以上に期待されすぎ……。


 プレッシャーで胃が……胃が……。


「それじゃ、オレたちは宿に帰るけど、クリスはもう宿は決まってるの?」


 こっそりと胸のあたりを手で押さえていたわたしはカズキくんのその問いかけで我に返った。


「え? ああ、いや決まってないけど……」


 わたしは首を振る。


 この町に着いてから今に至るまで色々ありすぎて宿を決める間なんてなかった。


「そうか、だったらオレたちが泊まってるとこの隣が空いてたからそこにしたらどうだい?」


「そうね、これから仲間として共に行動するわけだし、そうしなさいよ」


「今から宿を探すのなんて大変だろうしな」


 わたしの答えに対してカズキくん、アリッサ、リューヤくんが次々にそう言ってくる。


 ラルクくんは何も言わないが、言外にそうすべきだと言っているのはわかった。


「そ、そうだね……じゃあそうさせてもらおうかな?」


 わたしはそう言って小さく頷いた。


 そしてカズキくんたちと共に宿屋へと向かい、それぞれの部屋へと入って行ったのであった。



 部屋に入ったわたしはすぐに備え付けのお風呂で身体を洗い流した。


 そして、部屋に備えつけられていたベッドに腰を下ろすと、今日起きた出来事を反芻するように思い返していく。


 ああ、疲れた、今日一日で本当に色々なことがあった、普通の人の一生の2、3倍分ぐらいの経験をしたんじゃないだろうか?


 酒場で男に絡まれカズキくんに救われ、街で怪獣とリューヤくんたちの戦いを目撃して、カズキくんが魔王だとわかって、殺してくれとか言われたけど、そんなことできるはずもなくて、結局カズキくんの仲間になることになって、色々話を聞いて……。


 ホント、改めて考えるとわたしってとんでもない経験をしてるなぁ……。


 それにしてもカズキくんか……魔王の魂の継承者、でも優しくて強くて、その瞳を見ていると吸い込まれてしまいそうになる。


 きっと、リューヤくんもアリッサもラルクくんもみんなカズキくんに惹かれてるんだと思う……いや、違う、惹かれているのは彼らだけじゃないと思う。


 わたしも、そうだ……。


 わたしは自分の胸に手を当てる。


 ドクドクと心臓が脈打っているのがわかる、胸が熱い、顔が火照っているのが自分でもわかった。


 もうハッキリと認めざるをえなかった、わたしはカズキくんに恋してるって。


 勇者が魔王の魂を持つ者に恋しちゃうなんて……まるで三流恋愛小説みたいな展開だ。


 でも、仕方ないじゃない。彼の優しさ、強さ、そして弱さ、その全てにわたしは惹かれてしまったのだから。


 とはいえ今はまだこの気持ちは自分の物だけにしておこう。


 まだお互いの事をよく知らないわけだし、何よりも今は色恋よりも優先すべきことがあるのだから。


 そう自分に言い聞かせ、そっとわたしは体を倒した。


 ……心臓の鼓動はうるさく、しばらくは眠れそうになかった。


 ああ、明日は寝坊しないように気をつけなきゃ……。


 そんなことを思いながらわたしは眠りについたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る