第22話 『魔王』を狙う者たち

 思考を切り替えたわたしの頭の中にふとある疑問が浮かび上がってきた。


「でも、わたしは一応勇者なのに、どうして教会の人たちはその話をしてくれなかったんだろう?」


 その疑問は呟きとなってわたしの口から洩れてしまった。


 すると、それを聞いていたのかラルクくんがわたしの疑問に、


「おそらくだけど」


と前置きをしてから答えてくれた。


「実は聖ショファン教会の中でも色々とあるらしくてね、デスティニーブレイカーを見つけるよりも、先に今代の魔王つまりカズキを殺してとりあえずの平和を手に入れようとする一派と、魔王の呪いを解き、魔王の輪廻転生の呪いを断ち切ってカズキを普通の人間に戻すべきだと考える一派がいるらしい」


「そうなの?」


 わたしは思わず声を上げる。


 そんな派閥争いがあったなんて全然知らなかった。


 いやでもそれは当然なのか……人としての人格を有したまま魔王として目覚めてしまうなんて言うのは前例のないイレギュラー中のイレギュラー、教会が大混乱に陥るのも無理はない。


 自己完結的に納得するわたしを余所にラルクくんは話を続ける。


「君のお父さんに魔王を殺すことを依頼したのは前者の一派なんだろうね、彼らからしてみれば勇者には今代の魔王を殺すことだけに集中してもらわなければならない、だから呪い解いて魔王を普通の人間に戻せる可能性を君に教えるわけにいかなかったんじゃないかな」


「なるほど……」


 呻くように言いつつわたしは理解した、なぜ最初みんながあれだけ勇者を敵視していたのかを。


 彼らは勇者わたしのことを教会の過激派(とあえて呼称させてもらおう)が送り込んだ暗殺者ヒットマンだと認識していたのだ。


 もっともそれはあながち間違ってはいなかった、事実わたしは魔王というのは継承した時点で単なる化け物だと思っていたし、なんのためらいもなく殺すつもりでいたのだから……。


 だけどもし、最初からカズキくんの事情を知っていたら? わたしはきっと旅立ちを拒否していただろう。いや、お父さんだってそうだ、人間としての人格を持つ相手を魔王の魂の継承者だからというだけの理由で殺せるはずがない。


 そこでわたしは先ほどリューヤくんにカズキくん一行がシルフィア様と繋がっていると聞いた時に浮かんだ疑問を思い出し、その答えにも辿り着いた。


 カズキくんがシルフィア様と繋がりがあるということは、つまり聖ショファン教会、それどころかおそらく国すらもカズキくんが魔王の魂の継承者で、それと同時にカズキくんとしての人格を有していることを把握しているはずだったのだ!


 さらに、運命を断ち切れるデスティニーブレイカー出現の可能性があるという事も彼らは把握済みだ。


 なのに教会はその事実を世間に隠している。いや、一般人に隠すのはまだ理解できる、公表したところで無用な混乱を生むだけだという判断もあるだろう。


 だけど、魔王征伐を命じられた勇者であるわたしにまでそれを隠していたのは、明らかに悪意からだ、彼らはわたしに退をさせようとしていたのだ!


 そのことに気づいてゾッとすると共に、わたしの中に教会過激派に対する怒りがふつふつと湧き上がってくる。


「許せない……なんて奴らなの……! 救える可能性があることを知りながら、それを隠して何も知らなかったお父さんやわたしにカズキくんというを殺せと指示したなんて……!」


 ぐぐぐっと拳を握りしめながら言うわたしに、カズキくんは、「まあまあ」と苦笑しながら言った。


「仕方ないさ。それに彼らの気持ちもわかる自分がいるんだ。今のオレの存在っていうのは言ってみれば、いつ暴れだすか分からない猛獣が街中を歩いてるようなもんだぜ? 即座に殺してしまうほうが安全だ、そう判断するのはおかしなことじゃない」


「でも!」


 カズキくんのその発言にわたしは思わず声を荒らげてしまう。


 そんなわたしの頭にポンと手を置いてから、彼はニッと笑って続ける。


「どっちにしろ済んだことだ。今怒ってもしょうがないさ。それに、ある意味じゃ教会には感謝してるかもしれない……」


「え?」


「事実を知らされてたら、たぶんクリスは旅立たなかっただろう? つまりオレとも出会わなかった。オレはクリスに出会って救われたんだ、だから感謝してる」


 そう言ってカズキくんはわたしに優しく微笑みかけてくれたのだった。


「う……うん……」


 わたしは思わずドギマギしてしまう。


「おほん!」


 その瞬間、アリッサがわざとらしく咳払いをした。


 わたしはハッと我に返ると、


「それはともかく!」


 と勢いよく声を上げる。


 驚いた表情をしているカズキくんからは視線を逸らし、わたしはリューヤくんへと話を振った。


「みんながこの町に滞在しているのはどうしてなの?」


 別にカズキくんに聞いてもいいのだが今は彼と目を合わせられる自信がなかった。


 話を振られたリューヤくんはわかってるのかわかってないのか特に気にすることはなく、「ああ、それはな……」と話し始めた。


「デスティニーブレイカー探しのために俺たちは、強力な戦士、術士、特殊能力を持っていると噂されている人物を訪ね歩いて回ってるんだ、それでこの町に超能力を持ってる男がいるって話を聞いて来たんだ。だけど……」


「だけど?」


 言葉を切った彼にわたしは半ば答えの分かりきっている質問をする。


 案の定、リューヤくんはひょいっと肩をすくめるとこう続けた。


「これがデマもデマ、単なる詐欺師だったんだけどな、しかし、この町で情報収集をしているうちに面白い話を聞いてな」


「面白い話?」


「なんでもこの町がある付近は、大昔、何代も前の魔王の居城があった場所らしくて、付近の洞窟の奥からその跡地に行けるみたいなんだよ、けどこれがなかなか入り組んでいる洞窟みたいで、この町に来てから一週間経つのにまだたどり着けていないんだ」


 なるほど、だから一週間は滞在しててお店にも詳しいと言ってたわけね。


「けど、そんな大昔の魔王のお城の跡地なんか行ってどうするの?」


 歴史的価値はありそうだけど、一週間も費やしてまで行きたいほど魅力的な場所とはどうしても思えない。


 わたしの疑問に答えたのはアリッサだった。


「あくまで噂だけど、その魔王の居城跡にはかつての勇者――クリスの祖先ってことになるのかしら? ともかく彼だか彼女だかが使っていた武器が残されているという話があるのよ」


「勇者の武器? でも、わたしそんな話聞いたことないけど……」


 と反論気味に言ってみたけど、考えてみれば勇者の一族とはいえわたしもご先祖様の事について全てを知っているわけでもないんだった。


 そんなわたしに対してリューヤくんが、


「まあ、あくまで噂だからな。だけど、もしそんなものが本当にあるのならぜひ手に入れたいだろう?」


 と問いかけるように言ってくる。


 わたしは少し考えてから、「確かにね……」と相槌を打つ。


 武器そのものへの興味はもちろん、ご先祖様が使っていた武器というならぜひとも一目見てみたい。


 しかし、わたしは思った、そんなものが存在するのならとっくの昔に誰かが手に入れているのではないかと。


「あなたの考えていることはわかるわクリス。だけど、私たちには強力な武器を手に入れたい事情があるのよ」


 まるで心を読んだように……って表情に出てただけか、ともかくアリッサはそう言うとそのまま言葉を続ける。


「さっきも言ったけど私達の目的はカズキを救うこと、だけど、カズキは狙われているのよ」


 そう言ってわたしを見る。


 アリッサにはきっとそんな意図はないのだろうが、まるで責められているような気がして思わず身をすくめてしまう、わたしもほんの数時間前までは『カズキくんの命を狙う者』の一人だったのだから……。


「……それは、さっきも言ってたカズキくんを殺そうとする一派ってこと?」


 おずおずと言ったわたしにアリッサは静かに首を振る。そして、硬い表情でこう続けた。


「違うわ、そいつらよりもっとヤバい相手。カズキを狙っているのは……魔族よ」

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