第20話 本当の仲間に……
「ありがとうクリス、これでアリッサにも女の子の友達ができたよ」
カズキくんが嬉しそうな声音でそう言ってくる。
「前からその傾向あったけど、僕たちと旅するようになってからアリッサはさらに人間嫌いになったからね」
ラルクくんもカズキくんに続いてそう言う。
「そうなんだ……」
わたしはアリッサに視線を向ける、彼女は自分の話がされているというのに特に気にしたふうもなく装いながらコップの中のウーロン茶を飲んでいる。
しかし、クリスに余計なことだけは言わないでよね、的なオーラだけはしっかりと発していた。
人間嫌い、か……事情があるとリューヤくんは言っていたけど、果たして彼女の過去には何があったのだろうか?
気にはなるものの、そんなことを聞くわけにもいかないだろう、いくら仲間とは言え越えてはいけない一線というのがあるのだ。
仮にそんな話をするにしても、今はまだ早すぎる。
そもそもまだ表面的な事すら知ってはいないのだ、たとえば、4人の関係についてとかね。
学校のクラスメイトと言ってたけど、それだけではどんな関係かなんてわからない。
「4人はどういう関係なの? どうして一緒に旅をすることになったの?」
わたしがそう尋ねると、カズキくんが口を開いた。
「実はオレとリューヤ、そしてラルクは幼なじみなんだ」
幼なじみ……そうか、だから普通の友達以上の仲の良さを感じたんだ、でも、ってことはアリッサは違うってことか……。
「私が彼らと出会ったのは、ジュニアハイスクールに入ってからよ」
わたしの視線を受けてか、アリッサがそう言った。
「クリスさんもご存じの通り、カズキはコミュニケーション強者でね、まあ友達とかも沢山いた」
引き継ぐようにリューヤくんが発した言葉に、わかる気がするなぁ、とわたしがカズキくんの方を見ると、彼は何故か僅かに顔を伏せていた。
「それで、まあそれなりに充実した日々って奴を送ってたんだけど……」
言葉を続けたリューヤくんが、苦し気な表情になる。
「……あの日、あの少し蒸し暑い夏の日の午後、突如カズキの体に魔王の呪いが現れたんだ……」
わたしはゴクリと息をのんだ。
伝え聞く話でしか聞いたことはないが、魔王の魂の継承者はある日突然『目覚める』らしい。
それまで単なる一学生として過ごしていたのが、突然闇の眷属たちの王となる……
その時の彼の心中はいかばかりだろうか……
「その日からカズキは世界の敵となった。だけど、カズキは今までの継承者とは違ったんだ」
「覚醒によってカズキくんとしての自我が消え去ることはなかった。ということね」
わたしが言うとリューヤくんは「ああ」と頷いた。
カズキくんは先ほどそれを幸運だったのか不幸だったのかはよくわからないと、そう言っていた。
自分が人ではない『何か』に変わってしまったことに対する恐怖、そして、世界から狙われる存在となってしまったことへの絶望。
自我が消えていれば、そんな思いはしなかったかも知れない。今まで誰一人味わうことのなかった体験をさせられている彼は不幸……と解釈することもできる。
だけど、わたしは彼は幸運だったんだと信じたい、その絶望を乗り越えられるチャンスを彼は得たのだから。
「そ、それで、それでな……」
「それは言う必要はないよ」
何かを言い出そうとするカズキくんを制したのはラルクくんだ。
「クリスが聞きたいのは、どうして僕たちが旅に出ることになった、その大まかな経緯だろ? 別にその件に関しては言う必要はない」
「あ、ああ、そうだな……」
続けて投げかけられた言葉にカズキくんが頷く。
それを確認するとラクルくんはわたしの方を見ると口を開いた。
「想像は出来るだろうけど、それから色々とあってね、僕たちは故郷を出て――いや、捨てて、果てしない旅に出ることにしたんだ」
カズキくんを救うための旅、確かにそれは途方もなく果てしない道のりだ、友人のためとはいえ、普通の人ならばまずしない選択だろう。
でも、彼らはそれをやってのけたのだ、その想いの強さは並大抵のものではないはずだ。
「当初俺たちは3人で旅に出るつもりだったが、出発の日、アリッサが俺たちの前に現れたんだ、そして、自分も一緒に連れていって欲しいと……そう言った」
リューヤくんがラルクくんの後に続けるように言うとアリッサに視線を向ける。
それにつられるようにわたしもまた彼女に視線を向けた。
「彼らときたら酷いのよ? 何の相談もなく、いきなり町を出ようとするんだから……」
その時の事を思い出してか、僅かにアリッサが顔を顰める。
「アリッサが付いてきてくれるって言い出した時、正直正気か? って思ったと同時に、オレはすごく嬉しかった、オレが魔王の継承者だって判明した時、それまでの友達はみんな離れていっちゃったから……」
カズキくんは言葉を切ると寂しげな表情を浮かべる。しかしすぐに表情を和らげると続けた。
「アリッサがオレのことを怖がらないでいてくれたことが何よりも嬉しくてさ。まだこんなオレを友達として見てくれる、そんな存在がいるんだって……」
そう言ってカズキくんはアリッサに視線を向ける。
彼女を見つめるカズキくんの瞳は、とても優しげで、見ているだけで心が温かくなってくるようだった。
なのに……チクリと胸が痛む。なんでだろう?
アリッサはカズキくんの視線を受け止め顔を少し赤くしながら言う。
「あたりまえでしょ、あいつらのほうがおかしいのよ、それまで散々友達面してきたくせに、いざカズキが魔王の力を受け継いでるとなったら手のひら返しで離れていったりして……」
言葉の途中からは、そんな連中への怒りと嫌悪のためか、吐き棄てるかのような口調になっていた。
「仕方ないさ、魔王の呪いのことや、あの『目覚め』てしまった日にオレがしたことを思えば……」
カズキくんは力なく呟くと、苦しげな表情を浮かべ顔を伏せた。
カズキくんがしたこと? 思わず聞き返しそうになってしまい、慌てて言葉を飲み込む。
言い方からしてかなり深刻な話に違いない。
まず間違いなく、付き合いの浅いわたしが聞いていい話ではないと思われた。
「それにオレにカズキとしての自我が残ってるなんて、みんなが信じられないのは当然さ、何しろオレ自身が一番信じられないんだから。今でも心のどこかで疑ってるんだ、本当はオレはもう『魔王』でそいつが何らかの理由でそれまでの『カズキ』に擬態してるんじゃないかってね……」
自嘲気味に呟くカズキくんを、わたしは何と言って励ましたらいいのかわからない。
すると、アリッサが突然立ち上がり叫んだ。
「そんなことない! そんなことないわよ! あなたはカズキよ! 私が保証するわ! あなたはカズキよ、間違いなく私の知ってる優しいカズキよ! たとえ世界がそれを認めなくても私だけはそう言い続ける! 私はずっとあなたの味方よ! あなたがどんな姿になろうと私はあなたを決して見捨てたりしない!」
そのアリッサの必死の叫びに、その場にいた全員が一瞬息を吞んだ。
まさか冷静なアリッサがここまで感情的に、しかも大声で叫ぶなんて……。
この熱い言葉はわたしには言えない。『目覚める』前のカズキくんを知り、彼が魔王の継承者であると知った後でも彼と共にいることを選んだ者たち、つまりリューヤくん、ラルクくん、そしてアリッサだけの特権だ。
「あ、ご、ごめんなさい! こんな大声で……恥ずかしいわね……」
みんなの視線が自分に集まっていることに気付き、アリッサは顔を真っ赤にすると恥ずかしそうに俯いた。
うーん、アリッサって実は見た目だけじゃなく、性格に関してもかなり可愛い女の子なんじゃないだろうか。
わたしはなんとなくそんなことを考えてしまっていた。
そんなアリッサの肩にポンと手が置かれる。
「恥ずかしくなんかねぇさ、俺もラルクもお前と同じ気持ちだ、たとえカズキがどうなろうとも、俺もいつまでもカズキの側にいてやるつもりだ」
そう言ってリューヤくんはアリッサに向かって微笑んだ。
アリッサもリューヤくんに微笑み返す。
ラルクくんの方を見ると、彼はなんでもないような顔をしているが、その口元には笑みが浮かんでいた。
「ありがとう、みんな……」
アリッサの熱い言葉に続いての、リューヤくんからの優しい言葉。
カズキくんが泣き笑いと言った感じでそう呟くと、リューヤくんやラルクくんは軽く頷いていた。
わたしは4人のやり取りに感動を覚えるとともに、心のどこかで嫉妬心を覚えていた。
この4人の中には他の誰も入れない絆のようなものを感じる。
そして、わたしはわたしの知らないカズキくんを知っている人たちに羨望の眼差しを向ける。
わたしは自分と彼らの差を痛感しながら、それでも彼らの輪の中に入りたいと強く思った。
わたしは……もっと早く彼らと出会いたかった。
わたしは……カズキくんのことが知りたい。
でも、それは果たして今からでは『遅い』のだろうか? いや、そんなことはないはず、これから彼らと一緒の道を歩いて行くのだ、彼らのように強固で揺るぎない絆がわたしにも築けるはずだ。
そう自分に言い聞かせながら、わたしは胸に手を当て一つ深呼吸してから、彼らに向かってこう言ったのだった。
「わたしも、あなたたちと同じ想いを共有したい! 本当の仲間になりたい! だから……これからよろしくお願いします!」
そして、頭を深く下げる。
すると、カズキくんがこちらを向き口を開いた。
「こちらこそ、改めてよろしくね、クリス」
わたしは顔を上げると、笑顔で答える。
「うん!」
わたしの言葉にパチパチパチと残りの3人から拍手が送られる。
リューヤくんもラルクくんもそしてアリッサもわたしに微笑んでくれていた。
わたしは嬉しくなって笑顔でそれに答えた。
「ありがとう」
わたしは再び頭を下げた。
まだまだ彼らの絆には敵わないかもしれないけど、少なくとも今、わたしは彼らと同じ輪の中にいる。その事実が嬉しかった。
そして、わたしたちはその後、食事をしながらしばし雑談に興じるのだった。
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