第19話 雪解け
わたしたちがやってきたのは裏路地にある小さな酒場だった、もちろん目的はお酒ではない(一応食事はするつもりだけど)。
すでに一週間もこの町に滞在しているカズキくんたちによれば、ここの奥には個室があるとのことで、そこでなら周りに話を聞かれる心配はないと考えたのだ。
カウンターで個室使用の手続きを済ませるとわたしたちは奥の通路へ入り階段を上っていく、そして二階に着くと一番奥の部屋に入った。中は少し広めで大きなテーブルがありその周りを囲むように椅子が置いてあった。
それぞれ適当に席に着くと、案内してくれた店員さんに飲み物を注文する。
「それではごゆっくり」
そんな言葉を残して店員さんが部屋を出て行くと、カズキくんが口を開いた。
「さて、場所を移動したはいいけど、どんな話から始めようかな?」
「これから一緒に旅をすることになったわけだし、もっと詳しい自己紹介でもしないか? さっきのはあくまで簡単に名乗りあっただけだし。自己紹介も……途中だったしな」
頭を巡らしながら言うカズキくんに対して、そうリューヤくんが提案する。
確かにそれは一理あるかもしれない。思えばわたしの自己紹介の途中であんなことになってしまったので、お互いの事を深く知るという当初の目的が果たせていないのだ。
みんながその提案に賛成すると、わたしも頷いた。
そして、真っ先に口を開いたのは意外なことにアリッサだった、彼女はわたしの顔を見ながら尋ねてくる。
「ねぇ、クリスはどこの出身なの?」
なるほど、お互いの出身地について話すのは自然な流れだ。
しかしまさか彼女が自らわたしに質問してくるとは思わなかったけど……
少し驚いたものの、もしかしたらほんの少し心を開いてくれた証かもと内心嬉しくなりつつわたしは答えた。
「えっと、わたしは、キーヨウの田舎の方の村で生まれたんだ」
しかしその答えに対して、アリッサは「へぇー」と興味なさげに相づちを打つ。
ムッなんなのよ、自分から聞いといてその態度……
さっきの喜びを返して頂戴、などと思ったけど、もしかしたらアリッサは話のきっかけとしてわたしの出身地を聞いただけで、別に本当に聞きたかったわけではないのかも……
わたしがそんな事を考えていると、カズキくんが口を開いた。
「オレたちはナガカ出身なんだ、まあ田舎というほど田舎じゃないけど、都会とは程遠いところさ……」
そう言うと、カズキくんは苦笑いを浮かべる。
「でもわたしの実家のあたりよりは発展してるんでしょうね、もしわたしの実家の村を見たらきっと驚くと思うよ」
わたしがそう言うと、カズキくんは驚いたように目を
「えっ、そんなに小さいのか?」
そんなカズキくんの反応に思わず苦笑を漏らしつつわたしは答える。
「うん、わたしが住んでた村は本当に小さな村だったからね」
すると、アリッサがどこか納得したように頷いていた。
「隠れ里……というわけね。実に勇者の一族らしいじゃない」
隠れ里、か。あまり考えたことはなかったけど、確かにそう言う側面はあったのかも知れない。
何しろ勇者と言えば対魔王の切り札的存在、それに何かと利用しようとする輩は後を経たないわけで……
まあ、別に隠れ住んでたわけではなかったし、結局のところ好きで住んでたというのが正しい気がする。
こんな言い方をしつつも、わたしはあの村は決して嫌いではなかったし。
などと郷愁に浸っているわたしを尻目に、リューヤくんがアリッサに言葉を掛ける。
「アリッサはそういう隠れ里的な場所は好きだったりするんじゃないか? ほら、人が少なけりゃそれだけ関わり合いにならなきゃならない相手も少なくて済むだろ」
「それは……どうかしらね。むしろそういう少人数の閉鎖されたコミュニティでの人間関係は都会のそれよりはるかに複雑で厄介だと思うわ」
「まあ、そう言うもんかもしれないけど……」
「都会で大勢の人と接するのもNG、今みたいな理由で田舎もNG、アリッサ、改めて思うけど、君って実に難儀な生き方してるよね」
横からラルクくんがアリッサに茶々を入れる。
「うるさいわね、余計なお世話よ」
冷たく返すアリッサだが、カズキくんが「でも……」とこれまた横から口を挟む。
「少しは慣れて行かないと、そんな生き方、やっぱり少し悲しいじゃないか……」
社交性の塊のような彼からしたら、アリッサの生きざまはやっぱり少し悲しいのだろう。
しかし、そんなカズキくんの優しさに、彼女はポーカーフェイスを貫いたまま答える。
「別に……悲しくなんかないわ。それに、いいのよ私は、信頼できる一部の仲間とだけいられればね。無関係なモブ連中と関係を結ぶなんて、考えただけで煩わしいもの」
まあ、主張はわからないでもないし、それが彼女の生き方ならそれでいいのだろうけど、無関係なモブ連中って……。他人に対するあまりの言い様にわたしは少し呆れてしまった。
「なに? なんか文句あるの? クリス」
キロッと睨みつけるアリッサ、わたしは慌てて言葉を返した。
「いえ、別に……」
そのまま目を逸らすわたしにアリッサは小さく息を吐く。
そして、「私のこと性格悪いとか思ってるでしょ?」と、妙に確信を持った言い方で言ってきた。
「そ、そんなこと……」
慌てて弁解しようとするわたしに、アリッサが更に追い討ちをかけるように言う。
「別にいいわよ取り繕わなくても、そう言うふうに思われるのも言われるのも慣れてるし……」
「ほ、ほんとよ、た、確かにちょっとキツイかな~なんて思ったりするけど、でも間違ったこと言ってないと思うし、アリッサにも色々と事情があるんだろうし、ね。それに……」
さらにフォローするするように言うと、そこでわたしは一旦言葉を切ってから続けた。
「アリッサが、特にわたしへの当たりが強いのは、わたしのしようとしていたこと……。魔王を……カズキくんを、ころ……殺そうとしていたことを考えれば、それも当然なのかなって思うし……」
しまった、こんな話をすれば余計に気まずくなってしまう! わたしは今更ながら自分の失言に気づく。
案の定というべきか、わたしの発言のせいで一気に場が凍り付いてしまった。
「ちょ、クリス、そんなこと言わなくていいんだよ、君がそうやって自分のことを責める必要はないんだから」
しかし、一番の当事者であるところのカズキくんはそう言ってくれた。
「でも……」
なおも言い募ろうとするわたしをアリッサが制する。
「私は別に最初あなたが私達の敵だったからとか、そんな理由であなたに対してこういう態度を取ってるわけじゃないわ……」
そして、一旦言葉を切ると小さく頭を下げる。
「誤解させたならごめんなさい、すでに十分理解は出来てると思うけど、苦手なのよ、他人が。しかもクリスは同年代の女の子、自慢じゃないけど、わたしは一度もそんな相手と親しくしたことなんてなかった、だからどう接していいかわからないの」
なるほど、それでアリッサはわたしにあんな態度だったのか。
「それにカズキが……」
ボソッと付け加えるアリッサにわたしは「え?」と思わず聞き返してしまうが、アリッサは「なんでもない」と答えをはぐらかした。
そして、真剣な表情を作ると、わたしの瞳を見据えて言ってきた。
「でも、これからは共に旅をする仲間になるんだもの、少しは態度を改めていかないとね……。だから、こんなわたしでもよければ、これから仲間としてよろしくしてくれると嬉しいわ、クリス」
アリッサの言葉にわたしは胸が熱くなるのを感じた。
わたしは思わず泣きそうになるが、それを堪えて笑顔で返す。
「もちろんよ、よろしくね!」
わたしがそう言うと、アリッサは微笑んでくれる。それはとても柔らかな笑みで、彼女の信頼の証のように感じた。
「えぇ、こちらこそ!」
そうしてわたしたちはお互いに握手を交わした。
わたしが手を差し出すと、アリッサは少し戸惑ったような顔をしたが、すぐにわたしの手を握ってきた。
わたしは彼女の手を握りながら、彼女に対する印象を改めていた。
彼女は一見クールで冷たく見えてしまうけど、本当は優しくて温かい人だ。
わたしはそう確信した。
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