第18話 目指すはデスティニーブレイカー!

「あー、お前ら、いつまでそうしてるつもりだよ」


 しばらく抱き合っていたわたしとカズキくんに、リューヤくんがどこか呆れた様子で声をかけてきた。

 わたしは顔を赤くしつつ、慌ててカズキくんから離れ立ち上がると、慌てて言った。


「ち、違うの、これは……」


 何が違うのかは全く分からないが、ともかくそう弁明するわたしに、カズキくんがいつもの調子で朗らかな笑みを浮かべながら口を開く。


「なんだ、もう終わりなのか? 残念だなぁ……」


 そう言いながらわざとらしく肩を竦めて見せる彼にわたしは頰を膨らませる。

 まったく、さっきまであんなに弱気だったくせに調子いいんだから……まぁ、おそらくあえてそう振る舞っているんだろうけど……でも……そういうところがずるいんだよなぁ……。

 そんなことを思いながらも、カズキくんの方を見ていると、アリッサさんとラルクくんがこちらに近寄ってくるのがわかった。


「全く……なんなのかしらね、これは。とてもさっきまで殺すだの殺さないだの言ってたとは思えないわ」


 アリッサさんが憮然とした表情を浮かべながら呟く。

 全くその通りだ、今この場面だけ見れば、まるでラブコメの一シーンのようにしか見えないだろう。


「まあまあ、アリッサ、いいじゃないか、殺す殺さないなんて話よりよっぽど健全だろ?」


 リューヤくんがアリッサさんを宥める、しかし、アリッサさんは憮然とした顔のままだ。


「まあ、そうかも知れないけどね……」


 そんなやり取りをしている2人を尻目に、ラルクくんがわたしに尋ねてくる。


「それで、クリスさんはこれからどうするつもりなんだい? もう魔王を……カズキを殺すつもりどころか戦う気もないんだろう?」


 わたしはそんな彼に笑顔で答える。


「うん、そうだね、とりあえず魔王の呪いを解く方法を探すことにするよ、それが一番だと思うし……」


 わたしは決意した、カズキくんと戦うつもりも殺すつもりももうわたしにはない、だけど、勇者として魔王を倒す使命を全うしたいと言う気持ちはまだある、カズキくんを殺さずに魔王を倒す最善の方法、それはすなわち、カズキくんの中に巣食う魔王の魂を消滅させること、その方法はわからないけれど、きっと何か方法があるはずだ。

 わたしはそんなことを考えながら、カズキくんに笑顔を向ける。

 すると、カズキくんは微笑んで言った。


「そうか、だったらオレたちと目的が同じになったわけだ」


「同じ目的? それじゃ、カズキくんたちは……」


 わたしがそう尋ねると、リューヤくんが答えた。


「そう、俺たちの旅の目的は『魔王を滅ぼす』ことだ、そのために俺たちは各地を回りながら旅をしている、伝説のデスティニーブレイカーを探すためにな」


 わたしはハッとなった、デスティニーブレイカー、いつか現れるという、魔王の魂を完全に打ち砕きこの世界の呪われた運命を破壊する救世主。

 その伝説はわたしもよく知っている。

 もしそんな存在が実在するとしたら……わたしは思わずゴクリと唾を飲み込む。


「デスティニーブレイカーを見つけることが出来れば、カズキくんから魔王を祓える、カズキくんも世界も、同時に救える!」


 わたしの言葉にカズキくんは嬉しそうに笑う。


「そう言うこと、だから、クリスもオレたちと一緒に来ないか? デスティニーブレイカーを探す旅、クリスが一緒なら心強いよ」


 わたしは少し考えてから答えた。


「でも、わたしは勇者として育てられたのよ、そんなわたしが一緒に行ったりしたら……」


 わたしの言葉に彼は笑って言った。


「そんなの関係ないよ、それに勇者だからとか関係なく、クリスはクリスじゃないか」


 わたしはその言葉を聞いて胸が熱くなった。勇者だから勇者らしく振舞わなければいけないと思っていた、勇者だから勇者でなくてはならないんだと……でも、彼は勇者だからではなく、わたし自身を見てくれているんだ。


「それに……」


 とカズキくんはさらに言葉を続けようとして飲み込む。

 わたしはそんな彼を見つめ僅かに首を傾げる。

 何を言おうとしたんだろう……?


 しかし彼は、「いや、なんでもない……」と言うと急にへらっと笑った。


「うちのパーティー今までアリッサしか女の子いなかったからさぁ、クリスみたいな可愛い子が入ってくれると嬉しいな」


 か、可愛い!? そりゃ、わたしは自分の容姿には少し自信があるけど……

 わたしは恥ずかしくて俯いてしまう。

 すると、アリッサさんがカズキくんの頭をポカリと殴る。


「痛いな、何するんだよ!」


 カズキくんが頭を押さえながら抗議の声を上げる。


「そういうことを平然と言わないでよ。クリスさんが真に受けたらどうするのよ。クリスさん、言っておくけどカズキの言うことはただのお世辞だから勘違いしないでよね」


 アリッサさんがそう言って睨むと、カズキくんは苦笑しながら言う。


「別にお世辞なんかじゃないよ、クリスは十分可愛らしいと思うよ」


 カズキくんがそう言うと、わたしは自分の顔が赤くなるのを感じた。

 アリッサさんの言葉じゃないけど、そう言うことを平然と言われると勘違いしちゃいそうになるからやめて欲しい……


「僕もクリスさんは素敵だと思うよ、これからの旅は楽しくなりそうだね」


 さらに、ラルクくんまでそんな事を言ってくるもんだからわたしはますます恥ずかしくなる……


「ラルクまでそんな事を……。フン、なによ、二人とも私にはそんなこと一言だって言ってくれないくせに」


 と、今度は何故かアリッサさんが不機嫌になってしまった。

 すると、彼女をフォローするかのようにラルクくんが両手を広げながら言う。


「おやおや、拗ねてるのかいアリッサ。だけど安心しなよ、もちろん僕は君の事も素敵だと思ってるさ。言わずもがなって奴だからいちいち口にしないだけでね」


 そんな彼に不審げな視線を向けるアリッサさんだが、さらにカズキくんが付け加えるように口を開く。


「オレもアリッサの事は可愛いと思うぜ? ただ、アリッサはそういうのってあんまり好きじゃなさそうだからさ、わざわざ言わないようにしてるんだよ」


 それを聞いたアリッサさんは少し頰を染めて恥ずかしそうにしている。


「そ、そうだ! アリッサは可愛い! 誰よりも!!」


 リューヤくんが突然そんなことを言い出すのでわたしは思わず吹き出してしまった。


「……いざ言われるとどんな気持ちになるか分かったわ……。だからもう言わないで……」


 そう言って彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまったのだった。


「アリッサさんって、恥ずかしがり屋なのね……」


 わたしがなんとなく隣にいたラルクくんに尋ねると、彼は「まあね」とニヤッと笑う。

 そんなわたしたちの会話が耳に入ってしまったのか、アリッサさんはバッと顔を上げてこちらを睨みつけてくる。


「ラルク、余計な事は話さないでね……」


「おー、怖い怖い、クリスさんも気をつけなよ、アリッサは怒らせると面倒臭いからね」


 睨まれ戸惑うわたしと裏腹に、余裕そうな笑みで答えるラルクくん。

 この人、楽しんでるな? 怒らせると面倒臭いと言いつつ、アリッサさんの反応を見て面白がっているように見える。

 そんば事を考えながら、とりあえず何かを言おうとわたしは恐る恐る口を開く。


「あ、あの、アリッサさん……」


 ギロッと、ラルクくんに向けていた視線をわたしに向け直すアリッサさん。

 ひぃぃ、怖い! わたしは思わずビクリとしてしまう。

 そんなわたしの様子にアリッサさんは小さくクスリと笑う。


「そんなに怖がらなくてもいいわよ、ま、これからは仲間として『仲良く』しましょう」


 言いながら右手を差し出してきた。


 わたしは彼女の手を握ると、「う、うん、よろしく」とぎこちなく答えた。


 そんなわたしにアリッサさんはさらに笑みを深くする、もうなんなのよこの子、わたしに敵意ありすぎじゃないの?

 わたしがそんなことを思っていると、アリッサさんはさらに言葉を続ける。


「私のことはアリッサって、呼び捨てでいいから、私もあなたのことをクリスって呼び捨てにしたいし」


 わたしはそんな彼女を見ながら思う。

 うーん、やっぱりアリッサさん――もといアリッサはわたしのことを嫌ってるような気がするんだけど……

 と言っても、アリッサがわたしに向けてるのはさっき感じた『勇者に対する敵意』とは違う感じなのよね、なんだろう、同じ女として負けられないみたいな?

 今までパーティーの紅一点としてやってきたのに、わたしの加入で自分の存在感が薄れることを危惧してるとか? でも、そんな私に注目してよ~みたいなタイプには全然見えないしなぁ……

 そんな事を考えながら彼女を見ていると不意に目が合う。すると彼女はニコリと笑うのでわたしも笑顔で返した。

 わたしたちの間に何か見えない火花が散ったような気がした。


「ちぇっ」


 となぜかリューヤくんが舌打ちした。


「呼び捨てと言えばさ」


 とラルクくんがさっきのわたしとアリッサの会話を受けてか口を開く。

 わたしはラルクくんの方を見ると、彼は笑顔で言った。


「僕もクリスって呼び捨てでいいかな?」


 わたしは笑顔で答える。


「ええ、もちろんよ」


 そんなわたしに彼はさらに笑顔で続ける。


「じゃあ呼び捨てにさせてもらうよ、僕のことは君の呼びやすい呼び方で呼んでくれていいから」


 わたしは少し考えてから、さっきから心の中で呼ばせてもらっているラルクくんという呼び方をそのまま使うことにした。

 だって、カズキくんやリューヤくんもそうだけど、男の子を呼び捨てにするのってなんだかちょっと恥ずかしいし……


「じゃあ、ラルクくんで、他の2人もカズキくんとリューヤくんって呼ばせてもらうから」


「えぇ……? オレのことはカズキ♡って呼んでくれてもいいんだよ?」


 わたしの言葉にカズキくんがふざけたことを言い出すが、わたしはジト目で彼を見つめる。


「な、なんだよ」


 わたしの視線に気づいたカズキくんがたじろぐ。

 わたしはそんな彼に呆れながら言った。


「まったく、そんなこと恥ずかしくて言えるわけないでしょ」


 わたしの言葉に彼は不満そうな顔をする。


「相変わらずカズキは女の子相手でもすぐ打ち解けるんだよな、クリスさんのことも最初から呼び捨てだし……」


 とリューヤくんが呆れたように言う。


「俺は2人と違ってクリスさんと呼ばせてもらうぞ、女の子を呼び捨てなんて、は、恥ずかしいからな」


 そう続けるリューヤくん、わたしは思わずクスッと笑ってしまうがそんなリューヤくんをアリッサがジト目で見る。


「女の子を呼び捨ては恥ずかしい? じゃあ私を呼び捨てにしてるのはなんなのよ……」


「だ、だからアリッサを呼び捨てにするようになるまで時間かかったろうが、カズキは初対面でいきなり呼び捨てにしてたけどな!」


 アリッサのツッコミに慌てて言い訳をするリューヤくん。

 そんな2人のやりとりを見て、わたしは思わず笑ってしまった。

 笑われ憮然とした表情を見せるアリッサだったが、くしゃくしゃっと帽子の上から頭をかくと、小さくため息をつくのだった。


「さて、それじゃ。そろそろ今後の事について話したいんだけど。いつまでもこんなところで立ち話もなんだし、どっか落ち着けるところに行かないか?」


 しばしして、ラルクくんがそう提案してきたので、わたしたちはそれに頷くと、とりあえず移動することにしたのだった。

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