第17話 彼の願いと勇者の使命

 推測は外れていて欲しいと願っていたわたしの願いは、彼の言葉で完全に消え去った。

 わたしは、彼の行動を見て確信する。

 やはり、彼が魔王なのだと……。


「カズキ!」


 アリッサさんが叫び、リューヤくんがわたしに向かって拳を構える、ラルクくんは特に動かないがわたしの一挙手一投足に警戒をしているようだ。

 わたしはそんな彼らを見て思う。

 どうしてこんなことになったんだろう? わたしはただ、魔王を倒しに来ただけなのに……


 わたしは目の前にいるカズキくんを見る。

 カズキくんは優しげな顔でわたしを見つめている、こんな状況だというのに、わたしはそんな彼の表情に見惚れてしまっていた。


 わたしは慌てて首を振ると、改めてカズキくんに問いかけた。


「カズキくん、あなたは本当にそれで良いの? あなたは本当に……」


 すると、彼は笑顔を浮かべて答える。


「ああ、構わない、むしろ望むところだよ、クリス、オレは酒場でこうも言ったよな? 魔王を殺すために旅をしてるんだって、あれは嘘じゃない、オレは自分の中の魔王を殺すために旅をしていたんだよ、それはある意味自分を殺してくれる人間を探していたようなものだ」


 その言葉にわたしは思わず息を呑む。


「でも、まさかこんなに早く機会が来るとは思わなかったけどね、正直勇者が来ても、嫌な奴だったら大人しく殺される気なんてさらさらなかった。だけど、偶然とはいえクリスと知り合ってその想いを知った時、ああ、オレはこの子になら殺されても良いかなって、そう思ってしまったんだ、だから……」


 彼はそう言うと、一歩前に出た。


 わたしはそんな彼を見つめながら考える。

 彼は本当にわたしに殺される気なのだろうか? 彼は本当にわたしに殺されても良いと思っているの?


 わたしは勇者として生まれ育ってきた、いつか魔王を倒して……殺して世界を救う、そんなことになんの疑問も抱かずに生きてきた。


 でも、魔王というのは原初の魔王ギフティガの呪いを受けただけの普通の人間、それまで平和に暮らしていた人たちだったんだよね……望まない運命を背負わされ、それでも懸命に生きていた人……。


 そんなことを考えていると、自然と涙が溢れ出しそうになってくる。


 すると、そんなわたしの様子に気づいたのか、彼は優しい口調で言う。


「クリス、君が気に病むことはないよ、これは仕方がないことなんだよ」


 わたしはそんな彼を見上げ吐き出すように言った。


「仕方ないわけ……ないでしょ!!」


 わたしの言葉に彼は困ったような表情を浮かべる。


「でも、どうしようもないじゃないか……」


 そんな彼を見て、わたしの胸は締め付けられるように痛んだ。


 しかし、気力を振り絞り痛みを押さえつけると、わたしは彼の目を真っ直ぐに見つめながら尋ねる。


「でも、あなたはカズキくんなんでしょ!? 魔王じゃなくて! わたしの知っている限り魔王の魂の継承者は魔王として目覚めると同時に元の人格を失うはずよ」


 そう、そうなのだ、彼の中に魔王が潜んでいるのはもはや疑いようもない事実かも知れないが、彼の言動はどう見ても人間のそれだ。


 もし魔王の人格が少しでもあるのならば、こんな発言は絶対に出てこないはずだし、何より、今の彼を見ているとどうしても彼が魔王だとは思えなくなってくるのだ……。


 わたしの言葉にカズキくんは悲しそうな表情を浮かべた。


「そうらしいね、これがオレにとって幸運だったのか不幸だったのかはよくわからない、だけどオレは魔王としての魂と力を宿しながら、カズキ・トーライとしての意識も持っているんだ」


「じゃあ……」


 死ぬ必要なんてないじゃないかと続けようとしたわたしの言葉を遮るように彼は言う。


「だけど、今だけだ。オレの人格はいずれ消え去り完全な魔王になる。それに、まだ魔王になっていない現段階ですら、オレの存在は周囲に悪影響を及ぼす。これまで旅をしてきたのなら実感したはずだ、魔族の動きが活発化していることを」


 わたしは、街道で遭遇したアークデーモンや町中に平然と現れたシャドウマン、それについさっきの大怪獣との戦いを思い出していた。


 確かに彼の言う通りだ……でも……


 わたしは彼にかける言葉が見つからないまま、俯いてしまう。


 すると、彼は続けて言った。


「クリス、オレは君に殺されるなら本望だ。罪の意識を感じる必要も全くない。勇者として当然のことをするだけだ、君が殺すのはカズキじゃない、魔王だ。それに、そうすることで、オレは結果的に救われるんだ、だから、どうかお願いだよクリス……」


 わたしは彼の言葉を聞き、再び胸が張り裂けそうになるほどの痛みを覚える……。

 それは先ほどよりも激しくわたしを苛み、目の前がチカチカするほどだった。


 違うの……


 わたしはそんな言葉を聞きたいわけじゃない……


 わたしはそんなことを望んではいない……


 わたしは顔を上げると彼の目を見つめた。


 彼もわたしの目を見つめ返す。


 そして、そのまま視線を絡ませ合いながらわたしは口を開く。


「カズキくん、わたしは勇者として生まれた時からずっと勇者であろうとしてきた、勇者であることを誇りに思っている。だから、わたしは勇者としての使命を全うしたい、だけど……」


 わたしはそこで言葉を切る。


 わたしは勇者だ、勇者の一族としての家系、その肩書、それら全てに恥じぬ生き方をしたいと思っているし、そうあるべきだと思っている……。


 お父さんの代役として旅に出たとはいえ、わたしの心の片隅にはやはり幼い頃から植え付けられてきた勇者としての意識が根付いているのだろう……。


 だからこそ、わたしは彼を……魔王を倒さなければならないと思う……。


 でも……


 わたしはもう一度彼の目を真っ直ぐ見つめる。


 すると、カズキくんが口を開いた。


「クリス……」


 ただ一言、彼はわたしの名を呼び、じっとこちらを見つめているだけだった。


 わたしはそんなカズキくんを見つめながら思う。


 わたしは勇者として生まれて生きてきた、そしてこれからもそれは変わらないだろう……いや、むしろ変わるはずがない、だってわたしは生まれた時から勇者なのだから!


 わたしは一度目を閉じ、すぐにカッと見開く。


 決めた……! わたしのやるべきこと、使命、存在意義、それは……!!


 わたしはカズキくんに一歩近づく、わたしの決意を感じ取ったのか、彼はゆっくりと目を閉じた。


「お、おい……」「嘘でしょ……」


 リューヤくんとアリッサさんが小さく呻くのが聞こえる、ラルクくんは沈黙したままだ、けど3人とも動こうとはしない、おそらくカズキくんの意思を汲んでくれているのだろう。


 わたしはカズキくんの前に立つと、右手を大きく振り上げる。


 剣を使わずとも、この手に聖術の力を宿らせれば、無防備な相手を斬り裂くことなど造作もないことだ。


 そして……。





「この! バカ!!」


 叫び声と共にわたしが振り下ろした平手が、バチーンと綺麗な音を響かせながら、カズキくんの頰を打ち抜いた。


「えっ……」


 カズキくんが驚いた顔でわたしを見つめる。


 彼の目には、目いっぱいに涙を溜めたわたしの顔が映っていたことだろう。


「なんで、なんで生きたいって言わないのよ! なんで諦めちゃうのよ!! なんでそんな簡単に死んじゃおうとするのよ!!! 」


 わたしはそう叫びながら彼の胸を何度も叩く。


 涙が止まらなかった、今まで我慢していたものが溢れ出すように次から次へと溢れてくる。


「ちょ、ちょっと待って、クリス……」


 カズキくんが戸惑った声を上げるが、わたしは構わず言葉を続けた。


「なんでよ、どうしてよ、どうして死にたがるのよ、どうして……」


 わたしは泣き崩れるように膝をつく。


「どうして……わたしに殺させようとするのよ」


 わたしはそう言うと、カズキくんに抱きついた。


「ごめんなさい、本当に……わたしにはできないよ、あなたを殺すなんて、そんなの無理だよ」


 わたしはカズキくんの胸に顔を埋めて泣いた。


 すると、カズキくんはそっと抱きしめてくれた。


「……ごめん。オレは馬鹿だ、本当に心の底から大馬鹿者だ、自分の事ばかりで、こんなことをさせられるクリスの気持ちを考えることすらできていなかった……最低だな、俺は……」


「そんなことない、そんなこと言わないで……」


 わたしは泣きながら首を振る。


「わかった、代わりにこの言葉を言わせてくれ……ありがとう、クリス……オレも本当は生きたいと思ってた……君のおかげで、それを思い出せたよ。だから、オレは生きるよ、最後まで足掻いてみせる、それがオレの使命だからな……」


 わたしは彼の胸から顔を離し、彼の顔を見上げる。


 彼の目からも一筋の涙が溢れていた。


「うん……よかった……」


 わたしは微笑むと、もう一度彼の胸の中に顔をうずめる。彼はそんなわたしの頭を優しく撫でてくれた。


 魔王じゃない……彼は魔王なんかじゃ絶対にない。この優しさも、暖かさも、全て彼そのものなんだから……。


 わたしは心の中で改めてそう強く思った。

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