第16話 間違っていて欲しかった、この想像だけは……

「やめろ!」


 その時、ずっと黙ったままだったカズキくんが、わたしとラルクくんの真ん中に割って入った。


「カズキくん……」


 わたしはカズキくんの背中を見つめる。


「ラルク、お前、クリスに何をするつもりだ?」


 カズキくんが鋭い視線をラルクくんに向ける。

 しかし、ラルクくんはそんな視線など気にした様子もなくさらりと言う。


「何って、決まってるだろ?」


 口元を歪める彼に、わたしは得体の知れない不気味さを感じてまた一歩後ずさる。


「それはオレが許さない!」


 カズキくんが叫ぶ。

 その口調は怒りに満ちており、ラルクくんに殴りかかりそうな勢いだ。


 しかし、そんなカズキくんの言葉にラルクくんは意味がわからないとでもいった様子で肩をすくめると、「なぜだい?」と聞き返す。


「なぜって……」


 ラルクくんの言葉にカズキくんは言葉をつまらせる。


 そんな彼を尻目に、今度はアリッサさんが口を開いた。


「カズキ、あなたの気持ちはわかるけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないわよ」


 アリッサさんはそう言ってカズキくんの肩に手を置く。


「アリッサ……」


 カズキくんはアリッサさんの方を向くと、悲しげな表情を浮かべてその名を呟いた。


 アリッサさんはそんな彼の顔を見ると、一瞬だけ辛そうな表情を見せたがすぐに元の表情に戻ると、今度はわたしの方を向いて言った。


「クリスさん、あなたが本当に勇者なら、私は、私たちは……」


 そこで一旦言葉を区切ると、アリッサさんは少し間を置いてから再び口を開く。


「あなたのことを歓迎できないかもしれない……」


 アリッサさんはそう言ってわたしから目をそらした。


 わたしはわけがわからなかった、何故彼らは勇者に敵意を向けるの? これじゃまるで……わたしがそんなことを考えていると、カズキくんがわたしに顔を向けて口を開いた。


「クリス、ごめんな、君は何も悪くない、勇者であることも別に罪でもなんでもないんだ、ただ……、」


 そこで口ごもるカズキくん。


「ただ、何?」


 わたしは少しの沈黙にすら耐えられずそう尋ねたが、彼は何も言わない。


 すると、わたしたちの様子を見ていたリューヤくんが口を開いた。


「クリスさん、あんたは俺たちとはちょっと相性が悪いんだよ、だから……」


「相性が悪いってどういう事?」


 尋ねるわたしにリューヤくんはため息をつくと言う。


「あんたはきっとバカじゃない、だからもう推測は出来てるんじゃないのか?」


 その言葉にわたしは沈黙してしまった。


 わたしは彼らの態度から薄々気がついていた、彼らが勇者を敵視している理由を。


 でも、認めたくはなかった。


 だって、もしそれが本当だとしたら……


 それに、やはり信じられないという気持ちも強い、だってそんなことってありえるの……?


 彼は優しくて、温かくて……なんて一切……。


 そこでわたしはハッと気づく、そうだ、あの時、酒場で握手をしたとき……。


 すると、わたしの表情を見たのか、カズキくんが口を開く。


「クリス、今君の考えてることはきっと当たってる、あの時感じたものも気のせいなんかじゃない……」


 その言葉を聞いて胸が苦しくなった。


 わたしは俯くと拳をギュッと握りしめた。


 やっぱり……


 わたしは自分の考えが間違っていなかったことに落胆した。


 それでも、次の瞬間カズキくんが笑顔で「冗談だよ」と笑ってくれるんじゃないかと、心のどこかで期待していた。


 しかし、場を支配するのは沈黙だけだった。


 わたしは唇を強く噛み締めると、ゆっくりと顔を上げてみんなの方を見る。

 そこには、顔を伏せたまま辛そうな表情をしているみんなの姿があった。


 そして、わたしが再びカズキくんに視線を向けると彼は真剣な眼差しでわたしを見つめ返してきた。

 わたしはそんな彼の目を見て、彼らが嘘や冗談を言っているわけではないと改めて感じた。

 そして、彼はゆっくりと口を開く。


「クリス、オレは酒場で君に言ったよね、君のその心の強さがあれば、きっと魔王を倒せるって、オレはあの時心からそう思ったよ……」


 わたしは黙って彼の言葉に耳を傾ける。


「そして、君はここにいる、君は魔王を倒すためにここにいる、君はその使命を全うするためにここに来た、そうだろ? 」


 わたしは彼の言葉に小さくうなずいた。すると、カズキくんはさらに続ける。


「オレは君のことを応援してるよ、本当に心の底から。そして、酒場で君の話を聞いたとき思ったんだ、君だったらいいかなって、君になら世界を救ってもらおうって、君がどんなに嫌がったとしても、君にはその資格があると思う、君にはその力もあるはずだ、だから……」


 彼がそこまで話したところで、アリッサさんが悲鳴にも近い声を上げた。


「カズキ、あなた何を言ってるの、何を言い出してるの! あなたは……」


 しかし、カズキくんはアリッサさんの言葉を遮ると、「わかってる、アリッサ」とだけ言って、再びわたしの方に向き直った。


 彼は一度大きく息を吸い込んでから、わたしの目を見て言った。


「クリス、君が殺すべき魔王はここにいる、さあ、早くやってくれ!」


 そして彼は静かに両手を広げた……。


 まるで、すべてを受け入れるとでもいうように……。

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