第6話 魔物出現、勇者の力を見せましょう

「ヒューヒュー! いいねぇ、青春だねぇ、お嬢ちゃん!」


「魔王を倒すたぁ威勢がいいじゃねぇか、俺っちもあんたのこと応援させてもらうぜ!!」


 しばし、ぼーっとしていたわたしは、周囲から浴びせられる野次にハッと我に返る。


 しまった……! 酒場のど真ん中であんな会話をすれば、周囲の注目を浴びるのも当然だった。


 恥ずかしさのあまり、わたしは顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「あ、あはは、そ、それじゃ、わたしはこれで……」


 そして、そそくさと逃げるようにして、その場から立ち去るのだった。



「あ~あ、結局情報収集は出来なかったなぁ……」


 わたしは街路を歩きながら、そんなことを呟いていた。


 まさか、町に着いて真っ先に入った酒場であんなことになってしまうとは思わなかった……。


 それもこれもすべてはあの酔っ払いのせいだ……! 今さらながらに怒りが込み上げてきたぞ。


 まあでも、おかげでカズキくんと知り合えたのだから、そこは良かったのだけど……。


 わたしを励ましてくれた彼の顔と言葉を思い出しながら、わたしは自然と笑顔になる。


 さて、彼との約束を守るためにも気を取り直して魔王退治を頑張らないとね。


 とはいえ、どうしたものか……。酒場で魔王に関する情報を得るという目論見は見事に外れてしまったし……。


 一瞬別の酒場を探そうと思ったけど、あのお酒の臭いと酔っぱらいたちの顔を思い出したら、なんだか行く気が失せちゃったのよね。


 こうなったら仕方がない、ここはやはり自力で探すしかないだろう。


 わたしはとりあえず、さっきの酒場から歩いて行ける範囲で聞き込み調査をすることに決めた。


「へ?」


 一歩踏み出し顔を上げたわたしは思わずそんな間抜けな声を上げてしまう。


 何故なら、視界に信じられない光景が飛び込んできたからだ。


 僅かに暮れかけた夕日に照らされる街角、走り回っていた子供たちはそろそろ帰る時間だとばかりに家路につき始め、大人達は夕食の準備のために買い物籠を手に提げて行き交っている。


 街路の端では果物売りの露天商が店を広げており、店先には色とりどりのフルーツが並んでいた。


 その中の一つ、山積みにされたリンゴに手を伸ばす黒い影があった。


 それは、さも当然のように。それこそ、ちょっと買い物に来た町人のような気軽さでそこにいるのだ。


 シャドウマン……そんな安直な名前で呼ばれるそれは、まさしく影のように全身が真っ黒であり、その輪郭もおぼろげで、見る者に不安感を抱かせる。


 人型ではあるが、決して人間ではないそのは当然こんな町中にいていい存在ではない。


「きゃあああああっ!!」


 誰かの叫び声が響いた瞬間わたしは反射的に駆け出していた。


 影の怪物から離れようとこちらに向かってくる町人の波を逆走しながら、わたしは腰に下げた剣を引き抜くと、その勢いのまま一閃する。


 ザンッ!! 確かな手ごたえを感じつつ、わたしはすぐに振り向き、自らの剣がもたらした戦果を確認する。


 そこには、胴体を真っ二つに切り裂かれ、地面に倒れ霧散していくシャドウマンの姿があった。


 ふふん、どうよこの強さ! 伊達に勇者じゃないのよわたしは。


 まあ、シャドウマンは魔物としては最下級に近いし、我が家に伝わるこの“超金属ミスティリウム”製の聖剣が凄いんだって説も否定できないけども!! それでもわたし自身の力だってあるのよ!


 それにしても、どうしていきなり町中にこんなのが……? これも魔王の影響なのかしら? ますますもって魔王復活……そしてこの町に魔王がいるという話が信憑性を帯びてきたわね……。


 それはさておきわたしはクルクルと剣を回すと、華麗な仕草で鞘へと納める。さあ、町の人たち、この勇者クリスさんが華麗に事件を解決してみせたわよ!


 安心してわたしに賞賛の言葉を……って、あれ? 気が付けば誰もいないし……。


 もう、みんな怖がりなんだから。でも仕方ないか、わたしにとっては雑魚でも普通の人にとっては脅威だもんね。


 肩をすくめるわたしだったけど、その時逃げ出したはずの町人たちがこちらに向かって走ってくるのが見えた。


 きたきた! どうやらこのわたしにお礼を言いに戻ってきたみたいね!


 しかし、町の人たちはわたしの横をすり抜けて大慌てで駆けていく。まるで何かから逃げてきたみたいな……って、まさか!?


 わたしは顔を上げ目を凝らして町の人たちが来た方向を見据える……。


 するとそこには、先ほど倒したシャドウマンの数倍……いや、十数倍はあるであろう巨大な影が蠢いていたのだった……。

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