第5話 約束

「ところで、クリスは冒険者なのかい?」


 カズキくんが投げかけてきた質問に、わたしは一瞬だけ考えるが、すぐに「ええ」と答えた。


 赤を基調とした動きやすいトップスにミニスカート、黒いタイツと服装こそありふれたものだけど、背中に背負ったそれなりに大きなリュックと腰に差した細身の長剣を見ればわたしが一般人ではないことは一目瞭然だろう。


 勇者も広義では冒険者のカテゴリーに当てはまるらしいのでそう名乗っても特に問題はないはずだ……多分……。


 わたしの答えを聞いた彼は嬉しそうな顔をすると「やっぱり! オレもそうなんだよね。って、これを見れば分かるか」と言いながら自分の腰に差した剣を指でチョンチョンと叩く。


 わたしは「うん」と小さく相槌を打ってから話を続ける。


「もしかして、魔王退治が目的?」


 魔王復活の噂が流れているこんなご時世に好き好んで冒険者をやってる人間なんて大体そんなところだろうと思って尋ねると、彼の表情が一瞬凍り付いた。


 あれ? 何かまずい事でも聞いちゃったのかしら……?


 しかし、すぐに表情を戻すと、彼は慌てて口を開く。


「え、えーと、いや、その……。ち、違うんだ……。そういうんじゃなくて……。えーと、なんていうか……。ま、魔王とかそんなの全然関係なくって……。ただ単に旅をしてみようと思って……。ほら、よくあるだろ? 世界を回って見聞を広めるっていうかさ……」


 そう答えつつなんだか酷く動揺したような様子で苦笑いを浮かべた。


 う~ん、何なんだろう、この反応は……? 間違いなく彼は何かを誤魔化している気がする。


 ……あっ、もしかして!!


「魔王退治だなんて、大それたことを言ったら笑われるとか思ってる? それなら心配要らないわ、何故ならわたしの目的も魔王を倒すことなんだから」


 にっこり笑いながらわたしは彼に言った。


 別に恥ずかしがる必要なんてないと思う。むしろさっきの様子を見る限り彼は勇者であるわたしより強そうなのだ、堂々としてもいいと思う。


 しかし、わたしの言葉に彼はどこか青ざめた表情で、「やっぱり、そうなのか……」と呟く。


 あっ、これはむしろわたしの方が引かれてしまった?


 そりゃあね、酒場の酔っぱらいすら自力で追っ払えないような小娘が魔王退治だなんて誰だって正気かって思うのは当然だもの。


 だけど、言い訳するわけじゃないけど、あの時はいきなりでビックリしたのと、わたしは勇者だけあって対魔物や魔族に特化してる分人間相手は苦手というかなんというか……ってこんなこと言っても仕方がないか。


「……言いたいことはわかるよ。無謀だって思うんでしょ? だけど、わたしは魔王を倒したい。人々を苦しめ世界を滅ぼそうとする魔王が許せない! わたしが魔王を倒して平和を取り戻すわ! それがわたしの使命なんだって、お父さんが言ってた! わたしはそのために今まで修行を積んで来たの! 魔王がどんなに強くても負けないわ! 必ず勝ってみせる! わたしはそのために生まれて来たんだから!」


 拳を握りしめ思わず熱弁してしまう。


 言ってたら熱くなり過ぎて途中から止められなくなっていた。


 しかも、使命とかうっかり口走っちゃったし、これじゃ勇者であることを自らバラしたようなもんだ。


 わたしは少しだけ冷静になると、コホンと一つ咳をして、「とにかく、あなたも恥ずかしがる必要なんてないのよ、お互い頑張ろうじゃない」と言って、彼の肩をポンと叩く。


 彼はわたしの言葉に目を伏せ何かを考えるそぶりを見せると、パッと顔を上げるとへらっと笑う。


「そっか、なるほどね。ならオレも隠す必要ないな。そうなんだ、実はオレも魔王を殺すための旅をしてるんだよ」


 “魔王を殺す”と言った瞬間彼の表情が陰った気がするが、それは一瞬で消える。そして彼はさらに続ける。


「だけど、オレは勇者とかでもなんでもないからさ、それを公言すんのちょっと憚られたんだよ。けど、今のクリスの言葉を聞いてオレも覚悟を決めなきゃなって思ったよ」


 そして、彼はわたしに一歩歩み寄ると、肩に両手を置く。


「クリス、君のその心の強さがあれば、きっと魔王を倒せると思う。君なら出来る、いや多分君じゃないと出来ないだろう」


「そんなことないわよ、わたしはそんなに大層な女の子じゃないし……」


 勇者ではあるけど、別にわたしは強くはない。強くありたいとは思うし、これからも修行を重ねてそうなれればと思っているけど……。


 そんなわたしを彼は首を横に振ると否定する。


「いや、君は凄い子だよ。オレが保証する! だから自信を持っていい! その想いがあれば何があっても大丈夫だ、だから絶対に挫けないで、迷わないで、何があっても……」


 彼の真剣な眼差しにわたしはドキッとする。なんだかとても頼もしい感じがするのだ。


 わたしは、そんな彼の目をしっかりと見つめて、力強く頷く。


「わかったわ、約束する。わたしは決して挫けないし迷わないって! だから、あなたも頑張って。どっちが魔王を倒せるか勝負よ!」


 パチッとウインクを返すわたしに、彼は「ああ!」と同じく力強く頷き返してくれた。


 その笑顔がどこか悲痛に見えてわたしは目を見開いたが、次の瞬間にはそれは消えていた……。


「さてと、それじゃオレはそろそろ行くよ。仲間を待たせてるんだ」


 少しあってそう切り出したカズキくんの言葉にわたしは少しだけ驚く。そっか、彼には仲間がいたんだ……。わたしみたいに一人で旅をしてる方が珍しいんだから当然と言えば当然なんだけど……。


 それはともかくとして、ここで彼とお別れだと思うと、少し寂しい気持ちになった。


「あれ? オレと別れるの寂しいって思ってくれるの?」


 そんな雰囲気が伝わってしまったのか、にやあっと口元を歪めながら、からかうように言ってくるカズキくんにわたしは、「ま、まあね、せっかくになれたんだし……」と慌てて答える。


「ははは、嬉しいねぇ。けど、大丈夫だよ、オレたちは共に魔王討伐を目指す者同士、また必ずどこかで会えるさ」


 そう言って笑う彼にわたしも笑顔で返す。


「そうね、その通りだわ。じゃあ、約束しましょう? いつか必ず、魔王を倒して世界を平和にするって! そしたら一緒にお祝いしましょ、約束よ?」


「そう……だね。そんな日が、来るといいな……」


 彼はどこか悲し気な口調でそう言うと、「それじゃあ」と片手を軽く上げて、その場を後にするのだった。


 一人残されたわたしは、胸にぽっかり穴が開いたような気分で、しばしその場に立ち尽くすのだった……。


 参ったなぁ……わたし、初対面の男の子に、かなりやられちゃってるかも……。

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