第4話 不安、戸惑い、この感覚は何?

 彼は抵抗することもなくわたしを解放してくれる。そして、わたしたちは僅かに距離を置いた状態で改めてお互いの顔を見る形になった。


 ざわっ……! 再び彼の瞳にわたしの顔が映った瞬間、心の中で何かが騒ぎ立てた気がした……。


 何……この感じ……。


 それは決していいものではない気がした。しかし、一瞬でそれは霧散する。


「君……は……」


 わたしが謎の感覚に戸惑っていると、彼が瞳を大きくして呟いた。


 その瞳の中にあるのは驚き、戸惑い、とにかくこちらも何というか、あまりよろしくない感情のような気がする……。


 どうしてこんな顔をするのだろう?


 いや、それはわたしも同じか……なんでこの優しい、恩人ともいえる男の子に僅かとはいえ嫌悪にも似た感情を抱いてしまったのだろう?


 わたしは自分の感情が理解できずに混乱してしまう。


 しかし、わたしはそれをただの気のせいだと振り払う。


 わたしにはまず彼に対して言わなければならないことがあるのだ。


「あ、ありがとう……。助かりました……。あなたが来てくれなかったらどうなっていたことか……」


 言葉と共にわたしは頭を下げた。


 言えた……ちゃんとお礼を言えてほっとする。


 本当はもっと色々言いたかったけど、緊張で言葉がうまく出てこない。情けないなぁ……。


「あ、い、いや、いいんだ別に気にしないで……。困っている人を助けるのは当然のことだよ……」


 顔の前で片手を振りながら言う彼の表情からは先程の戸惑いの色は消え、代わりに優しさと強さを感じさせる笑顔になっていた。


 ホッ、やっぱりさっきのはただの気のせいだったんだ。


 まったくわたしってば……彼のどこに嫌悪感を抱く要素があるってのよ……。


「あ、そうだ、まだ名前も名乗っていなかったね。オレの名前は『カズキ』。よろしくね!」


 わたしが自分にツッコミをいれていると、彼がそう言って手を差し出してくる。


 わたしは差し出された手を反射的に握り返す。


 カズキくんか……、しっかり心の中に刻んどこう……。


 そう思い握った手に少し力を込めたその瞬間……!


 うっ……!! な、なにこれ……? また……。


 わたしは自分の奥底から湧き出てきた強烈な不快感に思わず吐きそうになる。


 まるで突然血生臭い戦場の中心に放り出されたようなそんな錯覚がした。


 しかし、やはりこれもさっきのように一瞬で消え去る。


 何故? 思わず握る力を緩めたから……? 瞳を真正面から見据えたり、手を強く握るのがダメなのかしら?


 一方のカズキくんはそのまま二、三度軽く繋がれたままの手を振るとそっと手を離した。


 わたしは我に返ると、慌てて口を開く。


 不思議な感覚の件はとりあえず置いておくとして、向こうが名乗ってくれたのだから、礼儀としてこちらも名乗らねばと思ったのだ。


「わたしは……クリスティーナ……」


 と、ここでわたしは口籠る。


 苗字を名乗るべきかどうか迷ったのだ、メッシーナと言う苗字は勇者の直系の苗字として有名だから、まあ勇者一族以外にこの苗字がいないわけでもないけど……。


 お父さんやお母さん、魔王討伐を依頼してきた教会の人たちからはわたしが勇者(の血族)であるということはあまり公言しない方がいいと言われている。


 魔族に情報が伝わってしまうとか色々と理由があるのだけど、ともかく恩人であろうが、優し気な相手だろうが、初対面の相手においそれと語れるようなことではないのである。


 しかし、わたしが口籠ったのをカズキくんはここで自己紹介が終わったのだと解釈してくれたようだ。


 よく考えてみれば彼も苗字は名乗ってないのだから、無理に苗字を明かす必要はないのかもしれない……そう思うとなんだか気が楽になった気がした。


 そんなわたしの内心など知る由もない彼は笑顔で言ったのだった。


「クリスティーナか……クリスって呼んでいい?」


 って、いきなり愛称呼びを持ちかけてくる普通? さっきから感じていたことだけどこのカズキくんなかなかグイグイくるタイプだわ……ま、まあ別に嫌じゃないけど……。


「え、ええ……構わないですけど……」


 と、わたしが言うと彼は嬉しそうに笑った。


 本当に感情表現豊かな子だなぁ……なんかこっちまでつられて笑顔になってしまう……


 そして、彼は続けて


「じゃあ、これからはそう呼ぶね。ああ、そうそう、名乗り合った以上オレたちはもう他人ってわけじゃあない、だから敬語もナシにしようよ、オレは普通に話すからさ、クリスもいつも通りでいいよ」


 と言うと、ニッと笑ったのだった。


 確かに彼の言う通りだ、もうわたしたちは知り合いなのだから変にかしこまる必要なんてないかもしれない。彼はわたしと同年代のようだし、わたしは基本的には親しい相手には砕けた口調で話すタイプなのでもう敬語を使う必要はないだろう。


 しかし、確かにそれはわかるけど、やはり彼のコミュ強者っぷりには驚かされるばかりだ……。


 わたしもそれなりにコミュニケーション能力はある方だとは思っているけど、初対面相手に流石にここまで積極的に話しかけられるほどの自信はないなぁ……。


 しかも彼の凄いところは、一応今の状況としては男から女へのアプローチなので普通だったらナンパ的感覚が出てしまいそうなものなんだけど、一切そういった下心は感じさせないところだ。


 おそらく誰に対してであろうともこんな感じで接してるんだろうなぁ……ある意味すごい才能だと思う。

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