第3話 これはもしかして運命の出会いって奴?

 わたしがハッとして顔を上げると、そこには一人の少年が立っていた。


 年の頃はわたしと同じくらい、顔はそこそこって感じかしら、格好いいというより可愛い系? 服装は黒いジャケットに黒いズボン、髪も黒髪のショートと全体的に真っ黒だ。


 腰には剣を携えていることから剣を扱う冒険者だということがわかるが、体つきは華奢で、あまり強そうには見えない。


 だけど、何よりもわたしの目を引いたのは彼のその目だった。


 色そのものは髪と同じ黒だけど、なんというか、輝きが違っていた。見つめていると吸い込まれてしまいそう……。


 15年の人生の中で、年上年下同年代とそれなりの数の男性は見てきたつもりだけど、これほどまでに美しい瞳を持つ男性は見たことがなかった。


 わたしが呆然としていると、その少年は、「その子を放すんだ!」ともう一度言って男を睨む。


 しかし、それでも男は全く動じていなかった。それどころか、さらに下卑た笑みを浮かべると、「へっ、なんだぁお前は? 俺のお楽しみを邪魔すんなよ」そう言って、わたしの体をいやらしく触った。


 わたしは嫌悪感を覚え身をよじるが、それでも男から逃れられなかった。


 うぅっ、気持ち悪いよぉ……。


 わたしが泣きそうになっていると、ドガッと男の顔面に拳が入った。


 え!? 殴った!? あの優しそうな子が!? 信じられない……。


 殴られた衝撃で男は吹っ飛び床に倒れた。そしてそのまま気絶してしまったようだ。


 ゲラゲラゲラっと店内に客たちの笑い声が響くが、それだけでみんなこちらからは視線を外すと、また酒をあおり始めた。


 マスターも気にした様子もなく、グラスを拭いているだけだ。


 きっとこんなことは日常茶飯事なのだろう。


 それはともかく、あの子、すごい……。


 完全に酔っぱらった状態、しかもわたしに意識を向けていたとはいえあんな大男を一撃で……。


 何より驚いたのはそのスピードだ。


 一瞬にして間合いを詰めて殴りかかる動作、あれはただ速いというだけでなく、無駄がない洗練された動きだった。


 おそらく常人では反応すらできないだろう。


 わたしは改めて目の前の少年を見た。


 さっきも思ったことだけど、本当に綺麗な瞳……。


 それにキリッとした顔はしてるけど、女の子と言われたらそうかもと納得してしまうぐらいには中性的で可愛らしい顔立ちだ。


 やはりとてもあの大男を一撃でノックアウトするような力を持っているようには見えない。


 だけど実際にやってしまったわけだし……。


 魔力を込めることで、身体能力を強化することは出来るけど、それにだってある程度肉体的な強さは必要だし、魔力を使いこなす技術も必要だ。


 きっとかなり鍛え込んでいるのだろう。


 なんてわたしがぼんやりと考えていると、その子はこちらに近づいてきた。


 そして、わたしの手を握り、「大丈夫?怪我はない? ごめんね、もう少し早く助けに入ればよかったんだけど……」と言って申し訳なさそうに謝ってきた。


 その言葉を聞いてわたしはハッとして、首を横に振った。


 すぐさま彼にお礼を言いたかったけど、緊張してうまく喋れなかった。


 だって……いきなり男の子に手を握られるなんて初めてだったから……。


 わたしが顔を真っ赤にして俯いていると、彼は心配そうに顔を覗き込んで来る。


 すると、わたしの様子に気づいた彼が心配気な表情で顔を覗き込んできた。


 そして、 突然、わたしの腕を掴むと、抱き寄せてきた。


 え? え? えぇ?


 手を握られただけでもドキドキしてたのに……今度は抱きしめられてる!? 


 どうしよう! すごくいい匂いがするし……って違うわ! 何考えてるのよわたし!! 


 パニックに陥るわたしを他所に、彼はさらに顔を近づけてくると耳元で優しく囁いた。


「ほら、もう怖くないだろ……。心を落ち着けて……」


 その言葉にわたしはようやく気が付いた、さっきまでの恐怖が消えてなくなっていることに……。


 そうか……この子はわたしは落ち着かせるためにこんなことを……。


 でも、だけどねぇ……。いきなり手を握ってきたり抱きしめてきたりは驚くよ? 


 確かに恐怖は消えたけど、今度はどうしようもないぐらいの恥ずかしさが込み上げてきたわけで……。


 うぅぅ……。恥ずかしすぎるよぉ……。


 けど、嫌な気分じゃなかった。むしろずっとこのままでもいいかも……なんて思うぐらいには心地良かった。


 おかしいよね? いくら悪漢から助けてもらったとはいえ初対面の男の子に抱きすくめられてこんな気持ちになるなんて……。


 だけど、彼の瞳を見ていると……声を聴いていると……心の底から安心できたんだ。


 わたしを抱きしめる彼の中に嫌らしい気持ちを感じないのもそれを助長していたのかもしれない……。


 だがしかし、いつまでもこうしてはいられないと思いわたしは彼からゆっくりと離れた。

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