1 不本意な引越し
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父の転勤の都合で、振津ナツメは中学二年生の春からX県
「転校なんて嫌だ」
ナツメは抗議した。
「あたしは引っ越さない。おばあちゃんのところに住んで、今までと同じ中学に通う」
「羽子おばあちゃんのこと? それだって、十分遠いじゃない」
母は眉根を寄せた。
「電車で毎日二時間、通学できるの? あなた、朝に弱いんだから辛いでしょ。おばあちゃんだって働いてるんだから、一緒に住むことになったら、ナッちゃんが家事をするんだよ? ママは手伝ってあげられないんだから」
「ママは関係ない。最近は自分でお弁当を詰められるし、家のことは何だってできるよ。おばあちゃんと話して考える」
「そう? ナッちゃんが家事を休めば、おばあちゃんだって大変になるし、ママが責められるんだからね」
なんやかんやと理屈をつけて、母はナツメが父方の祖母の家に世話になることをなかなか許さなかった。
主婦としてずっと家にいる母に対して、父方の祖母は保険の営業の仕事をしているバリバリのキャリアウーマンだ。母は、祖母に粗を突かれることを嫌がっていた。
ちゃんと家事をする。母にも祖母にも迷惑をかけないようにする。
ナツメはそう主張し続けた。
やがて、母は溜め息を吐いた。
「いいよ。そこまでして転校したくないなら。お父さんと檜のことは、頑張ってママ一人で面倒を見るから」
そう言われると、急に後ろめたくなった。
弟の檜は、小学校六年生の腕白ざかりである。加えて父は、家のことに一切関わらず、その割に注文が細かくて多い。家の収支からワイシャツの干す時間まで、厳密に守らないといけない。少しでも彼の要求を満たせなければ、家族の小遣いが少なくなる。家の財布の一切は、父が握っていた。
結局ナツメは、一家四人での引っ越しと転校を受け入れた。
母は、ナツメを優しい子だとほめちぎった。
「たまに東京に戻って、お洋服とかお菓子とか買ってあげる。高校生になったら、きっと東京に戻れるから、そうしたらまた高等部の編入試験を受けようね」
ナツメはそれを、内心冷ややかに聞いていた。
どうせ口約束だ。母は父の仕事の都合など何も分かっていない。ナツメの一時の歓心を得たくて言っているだけなのだ。現に父は、母子のやりとりの間、何も口を挟まなかった。
父は、自分の目標や目的を達成するためには動くが、それ以外には無頓着という人だった。
機械のように薄情で、うまく働きかけないと滅多に動いてくれない。しかし一方で、母のように気分や目的の移り変わりが少ない分、付き合いやすくはある。良くも悪くも、ロジカルな人間だった。
──子どもって嫌だなあ。
ナツメはつくづくそう感じた。
何をするにも、親の作った囲いから出ることができない。それが子どもの未熟さを補うためだということは理解しているが、いかんせん息苦しい。
早く、一人で生きていけるような一人前になりたい。
そう願いながら、ナツメは引っ越しの準備も兼ねて小学生の頃の服を捨てた。次にママに買ってもらう服を、頭の中に思い浮かべながら。
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