養蝕

祐川 千



 貧しい人々は、幸いである。神の国はあなたがたのものである。

【ルカによる福音書 6章20~23節】












 その昔、私の女神は側溝へ落ちていった。

 銀の細い格子の隙間を、女神は器用にすり抜けた。側溝はボルトでしっかりと固定されているタイプのもので、女神を取り出すことは不可能だった。

 側溝の底には、水が薄く張っていた。しかし、不思議なことに流れてはいなかったので、今ならば取り戻せるのではないかと思った。

 私は膝をつき、格子の隙間に指をねじ込んで女神を拾おうとした。しかし幼女の指が側溝の底へ届くわけがない。

 足掻く私の横を、他の教会帰りの母子達が通り過ぎていく。子ども達の手には、一様に女神がしっかりと握りしめられている。

 付き添いの叔母は、黙って私を見下ろしていた。

 しばらくしてどうやっても取れないと悟った私が格子から手を放すと、叔母は言った。

「それでいいのよ」

 去り際に、もう一度私の女神を見た。

 女神は水面にゆらゆらと浮きながら、黙ってこちらを見つめていた。




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