36.悲しい知らせ。リリィの結婚。

 帝国内の潜入部隊や、リンド国境付近で情報を収集しているルナ達から、リリィの結婚が決まるのではないかと噂が広まっていると報告を受けた。


「……。そ、そうか」

「お、親方様? 何か不安な事でもあるのでしょうか?」

 ルナ達の報告を伝えてきた元暗殺部隊隊員が、いつもと違う反応をする私を見て不審そうな顔をする。

「い、いや。何でもない」

「?」


 これは、何とも不思議な体験である。

 まるで、リリィがどこぞのお姫様の様に、その行く末を心配されている。

 しかし、お陰でリリィに帝国から手が出せなくなっている。

 ありがたいが、個人のプライバシーの一部が周知の事実にされているのだ。

 普通の女性ならば、耐えられんだろう。

 しかし、やはりリリィは大神官プレアの娘であったという事だろう。

 プレアも”前の国”の大神官として、多くの人の中心にいた。

 まさか、異世界人と若者との出会いで、注目されるとは思ってもみなかったが。


「メルティ。その報告は、噂なのだな?」

「はい。単に告白したのだから、後はプロポーズして結婚だろうという感じとのことです」

「そうだな。まだ、早いからな」

「はい? 何が早いのでしょうか?」

「いや、気にするな。こちらの話だ」

「そうですか」

「そうだ、メルティ。気にするな」

「はぁ」

 キョトンとした顔をするメルティ。


 この子は、性格がリリィに似ていると時々思う。

 ぶっきら棒で、周りとは少し孤立した感じで動く。

 こいう性格なのだ。

 人の心の機微というのに関心が少ない子なのだ。

 リリィはリーダーとして自分に厳しくあらねばという感じで許されていたところがあるが、メルティは一隊員だ。

 だから、少し浮いてしまう。

 しかし、リリィが一般隊員だったら、こんな感じだろうと実は思われていて、主にオルトには大事にされている。


「あの、親方様。ひとつお尋ねしてよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「……。いえ、やはり良いです」

「どうした、気になるではないか? もう、帝国時代のような厳格な隊ではない。気軽に話せ。答えられるものなら答える」

 尋ねておいて、やっぱり良いですと言うところは、本当によく似ている。

「え? じゃぁ。お尋ねします」

「ふむ。なんだ?」

「リリィ姉さまのお母さまは、どんな方だったのですか?」

「急にどうした。何故、リリィの母親の事を尋ねる?」

「なんとなく、気になって」

「なんとなくか?」

 帝国暗殺部隊の時は、リリィの秘密に関わる事だったので話すことを避けていた。

 集めた孤児たちも、親の顔を知らない子達もいるからだ。

 リリィが、”前の国”の大神官の娘であることだけは、周知の事実だが。

 皆、リリィが特別な力を発揮するのは、その母の力を受け継いでいるのだろうかと推測しているのだ。

 

「とても鋭く、優しい瞳をしていた女だった。怒りにも、悲しみにも、恐怖にも、絶望にも屈しない。そのように感じた」

 私はリリィが尋ねてきたら、こんな風に答えるのだろうか?

 そう自問自答しながら、メルティに話していた。

 久しぶりに、プレアが私の前に現れた時の事を思い返した。


「とても、美しい女性だった。光の中から生まれた女神。そう思ったぐらいだったな。若くして大神官になる女性とは、こういう女性なのかと」

「女神様、ですか?」

「そうだ。暗殺者だったのに情けないだろう?」

「……。いいえ、そうは思いません。リリィ姉さまを見ていると、何となくわかります」

「そうか。そうかもな」

「どんな理不尽な事でも。どんな悪しき対象でも、プレアは正しく見据えて事に対処するような神官だった」

「だった、ですか?」

「私が始めて会ったのは、プレアを殺しに言った時だからな。その後は気絶してしまい。再開した時は、リリィを連れていた」

「では、周りの人がそのように……」

「そうだな。そう言ってたな」

「優しいだけじゃなくて、怖い事にもちゃんと向き合っていたのですね?」

「そうだな。それが神官の務めだからな。普通の人なら逃げてしまいたくなるような事に、手を差し伸べてくれる。だから、多くの人が慕うのだろう」

「私達と真逆ですね。逃げてしまいたくなる事を作り出してきましたから」

「ふふ。そうだな」

「でも、最後に出会った人が、親方様で良かったと思います」

「どうしてだ?」

「だって、親方様。同じ様な目をしていらっしゃる」

「何? 私がか?」

「そうです」

「そうは思えんが。沢山の人の命を奪ってきた目だぞ。そして、お前達を暗殺者にして来た奴の目だ」

「ですが、親方様もサダメによって縛られていたんですよね」

「ふむ。そういう言い訳もあるのかもな」

「好きだったのですか?」

「ん? 何のことだ?」

「プレア様の事です」

「いや、どうかな?」

「でも、今でも、お忘れになっていないのですよね?」

「そうだな」

「プレア様がリリィ姉さまを、姉さまを生んでくださらなかったら、私達はこうしていられません。親方様にも出会えなかった」

「お前も、ルナと同じことを言うのだな」

「みんな同じ気持ちです。だから、親方様について来たのです」

「そうか。それは嬉しいな」

「プレア様は、綺麗な方だったのですか?」

「そうだな。綺麗な女性だった」

「リリィ姉さまも、もう少ししたら同じぐらいになりますかね?」

「そうだな。親子だからな」

「いいなぁ。大神官様の娘かぁ。かっこ良いなぁ」

「フッ。かっこ良いか?」

 私は、その言い方に笑ってしまった。

 

「リリィ姉さまが、御結婚されるという『枇々木ヒビキ言辞ゲンジ』という方は、どういう方ですか?」

「さあな。良く知らん」

「転移して来た時には、親方様はどこにらしたのですか?」

「ああ、そいつと一緒の大聖堂にいたな」

「そうですか」

「その時は、直ぐ幽閉されるか、殺されるだろうと思っていたからな。気にしていなかったのだ」

「失敗しましたですねぇ」

 メルティが言う。

「失敗か? ふふふ。そうか、失敗か」

「でも、凄いですよね」

「何がだ?」

「だって、好きなだけで、帝国相手に本書いて、闘いを挑むなんて。剣も使えないんですよね。その枇々木ゲンジ様は」

 あの若造の事を『様』とつけるのか?

「ただ、無謀だっただけだろう」

「そうでしょうか? ちゃんと色々書かれてありましたよ」

「ふーむ」

「親方様。リリィ姉さまの相手には、特別手厳しいですね」

「ん? そうか?」

「はい。まるでお父さんが娘と付き合おうとする男に厳しいみたいに見えます」

 そういうと、メルティはにっこり笑った。

「……。娘……か?」

 シャランジェールとプレアから子供を預かって育てているだけのつもりだった。

 そう思い込もうとしていた。

 だが、そうではないことは、このメルティにも分かってしまう。


「娘のように思って育ててきたことは否定しない。だが、お前達も同じ様に大事であるぞ」

「はい。嬉しいです。こうして違う道を選ぶことが出来たのも、枇々木ヒビキ様が姉さまを好きになって下さったからですよね。嬉しいですね」


 目から鱗が落ちるようだった。


「そうだな。リリィの母のプレアが、その『枇々木ヒビキ言辞ゲンジ』という若者を、呼び寄せたのかもしれぬな」


 そう言うと、メルティも嬉しそうに笑顔を返して来た。

 その笑顔は、まるでリリィが返してきてくれているかのように錯覚していた。


「そうか。リリィは幸せになるのだな。その男と」

「そうです。姉さまの選んだ相手です。剣は頼りないかもしれないけど、きっと凄い方です」

「そうだな、メルティ。ありがとう」


 私はようやく、あの若造、あの若者、あの青年。

 『枇々木ヒビキ言辞ゲンジ』という青年に、リリィを託そうという気持ちになれたようが気がする。

 

 

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