35.元帝国暗殺部隊
あの岸を離れた後、いくつかの国を訪れた。
旅の行商人を装い、移動を続ける。
部隊の何名かは、帝国の内情を掴んでおく必要があると自ら申し出た。
しかし、ルナやオルトの主だったものは、残るのは捕らえられたり、弱みを握られ裏切られたりする危惧があるとして反対した。
だが、私は、もはや命令をするのを控ええていたので、お前達がすべきと思った事をすれば良いと判断を保留した。
最初から、その可能性のある者は隊員にして来なかったので、その心配をする必要がなかったからだ。
だが、慎重なオルトはルナよりも心配していた。
「ルナ、オルト。仲間を思う気持ちは分かる。だが、彼らを信頼せよ。私は命令しない。諜報員がいなくても情報を把握する自信はある。また、潜入隊がドジを踏んだり、裏切るようなヘマをする者を隊に入れていない」
「ルナ姉様、オルト兄様。どうか信頼してください。そんなヘマはしません。絶対に」
潜入組の者達は、ルナとオルトらリーダークラスの元隊員達に言った。
「わかった。無茶なことはしないでね。普通に街の噂を聞くだけで良いのよ。捕まったりしても、無理に抵抗しないで適当に白状しなさい。それを想定して、こちらも動くから。奴らが来た時はもぬけの殻にしておくわ」
ルナは、潜入組の者達を抱きかかえながら伝えた。
「はい」
「これは、皆で集めた資金だ。使うと良い」
オルトが、彼らにお金を手渡した。
「そ、そんな。大丈夫ですよ」
「隊が使っていた場所へは一切近づけないのだ、雇われるのも避けた方が良い。その為にも持っておけ。宿を借りると良い。着いたら連絡係を寄越せよ。以後は、こちらから連絡係を送る。それから、逃げ道は常に確保しておけ。近い国でも構わない。その国での通貨が必要なら連絡しろ。用意して直ぐに渡す」
「はい。オルト兄様、何から何まで」
やはり、オルトは組織を動かすのがうまい。
二人の姉が戦闘に特化し過ぎて、そういう立ち回りに回らくてはならなくなったせいだろう。
「親方様。行ってまいります」
「うむ。気を付けてな」
「はい」
「それにしても、何時までお前達は、私の事を『親方様』と呼ぶのだ?」
私が、そう言うと皆顔を合わせて返事をした。
「だって、ずっと言い続けてきましたから」
「ふーむ、そうか。わかった」
まあ、どちらでも良い事だ。
潜入組と別れて、私達は移動した。
私達が選んだ一時の定住先は、海がある国だった。
帝国とも、リンド皇国とも国境を繋げている国でもあった。
この国は医術が他国より発達している国だった。
ただ、近隣と揉めていることもあり、この国への入国は少し慎重にした。
私が、ここを選んだのは、医術を隊の皆に学ばせたかったこともある。
少なくとも、死なせてきた人数分に人命を助けて行ってくれればと願っての事である。
「親方様。ルナ。では、潜入組と連絡とらせるよう、この者達を向かわせます」
「うん、オルト。ありがとうね」
ルナが答える。
「すまんな。皇帝が、また次の行動をするか気になってな。お願いするぞ」
私は、連絡係の数名に言う。
「はい。行ってまります。連絡取れたら直ぐ戻ってまいりますので」
「うむ」
潜入組から来た連絡の中には、あの異世界小説家の若者が書いた小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(告白編)」が含まれていた。
どうやら、二人は、お互いの意思を確認し合ったようである。
ただ、内容は何とももどかしい。
「あの若造は、何をやっているのだ? ぐずぐずとしている。大丈夫なのか?」
非常にやきもきする。
オルトによると、物語としては、好きかどうかを互いに探り合いながらやり取りするのが、読んでいる側としては面白いらしい。
それは、そうなのだろうが。
それにしても、……。
帝国の状況についての報告は、次の通りであった。
まず、我々全員が一斉にいなくなったことで、帝国としての外交能力が一気にダウンしたとのことである。
元々、恐怖で従わせようと暗殺部隊を使ってきたのだ。
人外すらも使って。
その頼りの人外は、私とリリィとで全滅させてしまった。
もちろん、地上にいる奴らだけなのかもしれない。
ただ、あれ以来、湧いて出てくる様子はなかった。
ある一定の条件が必要なのだろうか?
そして、それを補強する為に強化しよと暗殺部隊が作られた。
しかし、彼らは人外に怯え、逃げ出し、代わりに幼い孤児達がそれを担った。
私が彼らを預かり育てた。
その彼らが、ごっそりいなくなったのだ。
あの小説家のせいで、帝国国内でも暗殺部隊の事が噂になっていた。
その為、帝国政府への不信感が増え始めていたので、暗殺部隊の活動が制限されつつあった。
また、転移魔法大聖堂が完成しつつあるのも影響があった。
特殊な訓練を施すコストを抑える為に、増員するのを避けていたのもある。
転移魔法大聖堂によって、暗殺部隊の証拠隠滅として転移実験で使い捨てられる可能性もあった。
現に、リリィが異世界人暗殺で、もろとも消されそうになった。
もちろん、これには裏があるだろう。
『消せ』とあるが、『殺せ』とは、書いていない。
リリィを選ぶしかない状況を作り出し、そしてリリィを確保しようとでも画策した痕跡もあった。
リリィに接触しよとしていた正体不明の連中の事である。
露骨に命令として出さないのは、私を全面的に信頼していない証拠だろう。
帝国に唯一牙を向けられる可能性のあるのが私だけだからだ。
私は、リリィがいるから残っただけなのだから。
帝国とリンド皇国との第二回の会談があった。
その会談の監視をルナにお願いした。
会談では、帝国は押されてばかりだったらしい。
そして、ルナが喜びながら報告して来た事があった。
「親方様ぁ。姉さまが、リリィ姉さまが来ていらっしゃいました」
ニコニコしながら報告をして来た。
「う、うむ。そうか……」
その満面の笑みに、私は少し戸惑ってしまった。
隊の解散以後、ルナは少しずつ砕けた性格になっていた。
もともと、あんな性格だったのだろう。
あのまま暗殺部隊として生きていたら、このようなルナの性格を知ることは無かっただろう。
「でもぉ。あの
ルナの顔は、急に真顔になった。
「そ、そうか。リリィは元気そうだったか? 感づかれなかったか?」
「はい。リンド皇国の連中は、まだまだ甘いですね。ガルドという奴は、会談に立ち会っていたから余裕でした」
「ほう」
「ただ、姉さま。
そう言うと、今度はルナの顔がむくれた面になった。
「うむ。まあ、仲良さそうであれば、良いのではないかな?」
「あの親方様。姉様が剣を預けた相手がいるらしいんですが、名前はわかりますか? 多分、親方様と女主人の店で対峙した若い二人のどっちかだと思うんですけど」
「ふうむ。一人の名前は分かっているが、どっちかは分からんな」
「どんな名前ですか?」
「剣を預けた奴かどうかはわからんぞ」
「それでも良いです。そいつか、そいつ以外でわかるので」
「そうか。アミュレット・ブクリエという名前だ」
「……。へぇ……。アミュレット・ブクリエ。あいつかなぁ?」
「……」
ルナには誰か目星がついているようだ。
一体何をするつもりなのだろう。
「親方様。ありがとう」
ルナの幸せそうな満面の笑みが、何を考えているかを物語っていた。
ルナには、引き続きリンド皇国の監視をお願いした。
リリィの近くにいられると思って、ルナは嬉しそうに了承してくれた。
ルナの様子が少し心配だ。
だが、まあ大丈夫だろう。
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