34.帝国暗殺部隊、最後の招集

「親方様。全員集まりました」

 ルナ、オルトを始め、帝国暗殺部隊の全員が国境沿いの岸に集まった。

 皆、様々な仮面を付けて、奇妙な舞踏会の様にも見えた。

「うむ」

 

 全隊員を集める事は滅多にない。

 大抵の命令は、個別に呼んで伝えている。

 こうして全隊員集めるという事は、各隊員とも何かあると思っている事だろう。

 ましてや、この場所はリリィが最後に居た場所だ。

 ここからリリィはリンド皇国に向かって行った。


「こうして、皆に集まってもらったのは、他でもない。これから、隊全体にとっての重要な事を話す」

「……」

 皆、私の次の言葉を待つかのように静まっている。

「本日、今をもって『帝国暗殺部隊』は解散する」

 私は、彼らに告げた。

 皆、仮面を付けているので細かい表情は見えない。

 だが、中には、うなだれる者も何人かいた。

 来る時が来たかという感じだろうか?

 

「皆、異世界から来た人間への命令については、噂レベルでは聞いている事だろう。知っての通り、お前たちのリーダーだったリリィが任に当たった。だが、その結果、隊を離れることになってしまった。それについて、詳しく尋ねることも出来ず、もどかしかったと思う。普段から他人に出された命令には、感知してはいけない掟があったにせよだ。だが、リリィは無事にリンド皇国に亡命したことを先日確認した。また、その辺のリリィの動機は異世界人が書いた小説と大体合っている。皆、その小説は目を通しているな。もはや、リリィが亡命したことは世界の周知の事実となった。我々暗殺部隊の存在もな。これからリンド皇国と帝国は対立は、今まで以上に深まるだろう」

 先ほどうつむいていた者達も、顔を上げ私の話に耳を傾けている。


「皆に尋ねる。リリィのいる国と戦いたいか?」

 彼らに尋ねた。

「いいえ。真っ平ごめんです」

 ルナが真っ先に答えた。

「私もです」

「俺も」

「私もです」

 皆、それぞれに答えてくれた。


「そうか。では、我々の選択はひとつだ。帝国を離れる。これだけだ」

「帝国と……」

 誰かが呟く。

「不満か?」

「いいえ。ここを離れた後、どこに向かえば良いのかと思っただけです。リンド皇国でしょうか?」

「そうか。少なくともリンド皇国は無理だな。ガルドらがいるからな。あらかじめ話を通せば別だが、そんな時間はない。だが、移動先は心配ない。他の第三国に向かう」

「どこでしょうか?」

「まあ、行った先で決めるつもりだ。行き当たりばったりという事になるな」

「……。そうですか、畏まりました。それも、良いですね」

 そして、集まった全隊員を見回し、最後の命令を出した。


「本日より、各人は、個人個人の意思により行動せよ。見も知らぬ土地で生きていくのに必要なスベは、その体に叩き込んでいるはずだ。全ては己で選択し、行動せよ。これを最後の命令とする」

 やはりと思っていたのだろうか?

 皆、冷静に受け止めている様子である。

「最後の……、命令ですか?」

「そうだ」

 質問した者は、一旦うつむいた後再び顔を上げた。

「はい。畏まりました!」

「他の者はどうか?」

 皆に尋ねた。

「はい。親方様!」

「はい。受け溜まりました」

 各人が、答える。

「では、これにて解散する。皆、用心して行動せよ」

 すると、ルナが立ち上がり尋ねて来た。

「あ、あの。親方様と一緒に私達は付いて行きたいです」

「ついて来るのは構わない。だが、時によっては、想像を絶する敵と戦う時もあるぞ。リリィ等が、正体不明の化け物に襲われた件を覚えているだろう」

「はい。わかっております。それでも、親方様と一緒に居たいです。ここに居るみんな、同じ意見です。そうよね。オルト」

「はい。ルナ姉様。孤児だった私達を、こうして育てて下さった事に感謝しております。これからも一緒に行動したいと思います」

「そうか。だが、私はお前達を暗殺部隊の人間として育てたのだ。恨みこそすれ、恩に感じる必要はない」

「でも、他に選択肢が無かったのですよね? 親方様は、リリィ姉様も同じように育てられました。苦渋の決断であったと、皆理解しております。でも、あの時のまま放置されていれば、良くて夜盗や娼婦。ほとんどが餓死していたと思います。帝国に関しては、飢えから助けてもらった恩はあれど忠義などありません。でも、親方様は私達を強くしてくださいました。仮に、ひとりだけになっても、生きて行けるぐらいにして頂けました」

 と、オルトが言う。

「場合によっては、帝国とも事を構えるかもしれんぞ」

「構いませぬ」

「そうか。……。わかった。では、付いて来るがよい」

「ハッ!」

 嬉しそうな声で、オルトが答える。

「皆も、準備は良いか?」

「はい、親方様! 今すぐでも!」

 皆、良い返事をする。

 

「良し。行こう」

「ハッ」

 そう言って、全員立ち上がった。

「あの、親方様。その前に」

 ルナが言った。

「何だ?」

「今この場で、仮面を取りたいと思います。もう、必要ないと思いますから。少なくとも仲間同士でいる時は、もう仮面越しに話したくありません」

「そうか? だが、素顔をお互い知られれば、何かあった時困ることは無いか?」

「もう、これからは、互いの信頼だけが繋がりになります。国の権威や畏怖、命令での繋がりは無くなります。だから、必要かと思います。そうよね? みんな!」

「はい!」

 と、皆が答える。

「そうか。好きにせよ」

 そうして、皆仮面を外して、互いの顔を見合った。

 皆、良い笑顔をしていた。

 

 私は、リリィが向かった川や向こう岸を見た。

 

(リリィも、きっと行けと言われてた時は、彼らの様な表情をしていたのだろうな? 詳しくはわからないが、その後の経緯は、あの異世界人が小説と言うものを書いて寄こすだろう。楽しみに待つこととするか)


 私は、ルナやオルトらの帝国暗殺部隊の『元』隊員達と共に、帝国を去ることにした。

 向かう先は、リンド皇国とは違う国。

 むしろ、リンド皇国に行かない方が良いだろう。

 他の第三国も意識しなければならない状況に帝国をしておいた方が、多少は良いかもしれない。


 だが、帝国皇帝が、このまま大人しくしているとも思えない。

 引き続き、個人的に警戒を続けるほかないだろう。

 

 さらばだ、帝国。

 ”前の国”を乗っ取って出来た、”後の国”よ。

 さらば、帝国。

 プレアの命を奪った国よ。

 さらばだ。

 リリィを暗殺者にオトシめた国。

 だが、結果として、リリィ達を強く育てられる事が出来たので、今敵対することはやめておこう。

 今だけは。


 だが、もし次来る時があれば、敵として来ることになるだろう。


 そして我々全員、帝国を後にした。

 

 

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