32.プレアの面影、女主人シャトレーヌーと出戻り娘
「あ、あのー」
女主人のシャトレーヌが声を掛けた。
(いかん。らしくもなく、ぼぅっとしてしまった)
私は、シャトレーヌにリリィの事を尋ね始めた。
「……。ここに、17・8歳ぐらいの若い女は、来なかったか? その女のことについて、話を聞きたい」
「こちらのお店には、若い女性のお客様は沢山いらっしゃいますので、どの方がと言われてもわかりかねるのですが」
流石に、女主人は素直に話してはくれない。
上手くかわしてくる。
だが、そう言うのに長々と付き合っている暇はない。
「いや、知っているはずだ。喋ってもらうぞ」
「な、何ですか? 藪から棒に。仮にその女の子を知っていても、お客様のことを他人にお話しするわけにはまいりません。お引き取り下さい」
シャトレーヌは、強い口調で私に言った。
(ふーむ。らちが明かん。厨房の中を自分で調べるか? 何なら強制捜査と言って連れて行っても構わない)
私は、さらに店の中に入ろうした。
「お引き取り下さい! って、言ってますよね」
女主人シャトレーヌは、近くにあった掃除用のデッキブラシを手にして突き出してきた。
その先は顔や胸ではなく、私の足元に向けている。
何という女だ。
今まで、私に手向かって来る者はいなかった。
向かって来るとしたら大抵は敵ぐらいだった。
決して、他の者の意見を黙殺するような考えは持っていない。
だが、
この女主人のシャトレーヌが、初めてだ。
しかし、手にしているデッキブラシは、小さく震えていた。
怯えているのが手に取るようにわかる。
シャトレーヌは震えながらも、リリィを守ろうと必死になってくれている。
奇妙な事に、私は感動していた。
その姿に今は亡きプレアを重ねていた。
初めて会った時のプレアも、内心はこんな感じだったのであろうか?
だとしたら、申し訳ない事をしたな。
普通の女性なら、シャトレーヌの様に怯えるものだ。
強面の大男が迫ってくるのだから。
だが、彼女は、己の使命を最優先していた。
それらの感情を振り切って、私とシャランジェールに対峙していた。
リリィの事を思ってしてくれている、シャトレーヌの気持ちは嬉しい。
だが、この感謝の気持ちは、この女性には伝わらないだろう。
何せ私は、不器用だからな。
私は構わず前に進もうとすると、小さな殺気を感じた。
こ、これは、リリィだ!
この店の奥にリリィがいる。
(こんなに至近で、気配を感じさせなかったのか? リリィも成長したな)
気配を察知させなかったリリィの成長に、私は喜んだ。
しかし、何故
皇国を追い返されて戻って来たのか?
(あの異世界人の若者は、ふがいない奴だったか?)
私は、あの異世界の若者にリリィを任せたことを後悔していた。
やはり、連れ戻すべきだな。
私は、リリィに会おうと中に向かって歩こうとした。
「ん?」
前と後ろから、リリィではない奴の殺気を感じた。
人数は三人。
その内の二人が、入口から入って来た。
「きゃ――!」
シャトレーヌが大きな悲鳴を上げる。
扉をドンと開け放ち、二人の男が入って来たのだ。
その時私は、とっさに剣を手にして構えていた。
二人の男達も剣を抜いていて迫っている。
(ほう。人外以外で、私が剣を抜くのは久しぶりだな。そこそこ奴が二人組か? 相手によっては組んで向かってくるのだな)
だが、もう一人の殺気を放っていた奴が厨房の方から入って来た。
その男は見覚えのある奴だった。
ガルドだ。
私は、もう片方の剣も抜いて、この三人の対応に備えた。
カルドも剣を抜いた状態で迫って来る。
「そこの御仁、申し訳ないが人探しは、これで終わりに願いたい。ご婦人殿。そのまま、店の奥から外に出なさい」
ガルドは私には警告をし、女主人のシャトレーヌには逃げるようにと言った。
シャトレーヌは、デッキブラシを握りしめたまま後ずさりし、壁の近くでクルリと向きを変えて厨房の中に飛び込んで行った。
(ガルドも来ていたか? リリィを迎えに来たのか? この男が、ここまで無理をして帝国内にまで迎えに来たのか? 良かった、リリィは大事にされている様だな)
私は安心した。
外から馬車の走る音がする。
リリィとシャトレーヌは、ここを離れたようだな。
もう、ここにリリィは居ない。
リリィの安否も確認できた。
ならば、ここに用はない。
だが、皇国のこの三人は、まだ警戒していた。
(このまま店の中では、まずいな。いったん外に出よう)
私は三人と睨み合いながら、店の外に出る。
そして、人目を避ける為、他の屋敷の屋上に移動した。
彼らも、私を囲みながらついて来た。
私が、リリィを追いかけるのを用心しているのだろう。
あの女主人の店から十分離れた時、『ドンっ!』という爆発音がし、シャトレーヌのお店が燃えた。
(何も、爆破までしなくて良いのに)
一切の痕跡を私達に悟られない様にする為なのだろう。
鋼鉄の壁と言われるだけ用心深いのだろうな。
(もう、店もない、この場所にも用がないので帰りたいのだが。さて、ここをどう切り抜けようか?)
ガルドの方は、何となく私のやる気を見抜いている様で、店内の時の様に殺気立ってはいなかった。
だが、若い二人の方は、今にも切りかかってくる程、殺気立ってる。
(やれやれ、少しは相手をしないと見逃してくれそうにないな)
私は、仕方なく剣を構えなおした。
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