28.異世界人の若造が書いた恋愛小説(ショウセツ)
オルトが、『ショウセツ』と言う物を手に入れた。
内容としては、男女の色恋の話の物語らしい。
今の私には、無縁の事だ。
『ショウセツ』は、『小説』と書くらしい。
王族・貴族の武勇伝や歴史書の類とは違うらしい。
そんな身近なテーマで書かれていて、それが大量に無料で手に入るので、帝国内で話題になっていると報告を受けた。
そして、その小説は、我が国内だけではなく、世界各国にも数は少ないながらも広まっているらしい。
この組織的な展開は、皇国が絡んでいるのは間違いない。
その本は、恋愛小説を装っていながらも、帝国の悪事もばらすという具合に書かれていた。
あの転移魔法大聖堂の事が、詳しく書かれていた。
それが、軍事利用として使う目的であるとも。
そして、自分がどこからきて、どういう扱いを受けて、そして今どうなっているか。
それを、物語風に架空の人物を立てて話が展開している。
帝国政府としても、これは見過ごせない内容だった。
直ぐに禁書扱いにしたが、闇商売などでもばら撒かれており、全て対処出来ないでいた。
「大したものだな、皇国も」
これを仕掛けている正体は、だいたいの想像がつく。
皇太子サーフェイス・ウヒジニ・バルデマーだ。
若いながらも、”前の国”崩壊の頃から警戒をしていた。
”後の国”として現れた帝国になっては、さらにきつい対応をして来ていた。
我が暗殺部隊にも、この皇太子暗殺の指令は出ていた。
今までそうして、各国の不満分子を裏から消してきいた。
だが、皇国にたいしては、それが出来ないでいた。
ガルドという皇太子特殊守備隊の男は、守りに関しては誰も突破できない程の壁を展開する奴だった。
私ですら国境に突破できない状況だった。
”帝国の黒き重圧”ですら突破できない鋼鉄の壁のような男、『鋼鉄の壁、ガルド』という異名が彼に付いた。
この恋愛小説を闇ルートですらも出回らないように我が隊に要請があった。
だが。
「これは皇国の罠でもあり、命令書が『関わる者全て消せ』とあるので、一切関与する気はない」
と、帝国政府に言明し拒否していた。
私は、オルトを呼んだ。
「オルトよ。『小説』についてだが、この本はリリィの手に渡っているのか?」
オルトは答える。
「姉様に近づけないので、正確な所はわかっていません。今の所は手に渡ってはいないようです。ですが、時間の問題でしょう。まるで、手に取らせたいがためにばら撒いているようなので」
「そうか」
私が、ルナではなく、オルトを呼んだのは冷静な状況を知りたかったからである。
「オルトよ。この本をリリィが手にしたら、どうなると思うか?」
オルトは、少し考えてから答えた。
「報告にある様子ですと、あの異世界人がいる皇国への侵入を図るのではないかと思います」
「それは何故か?」
「ひとつは対象の所在が分かったので使命を果すため。もうひとつが姉様の個人的な思いからくるかと」
「個人的な思い?」
「はい。もしかしたら、……、なのですが」
少し話すのを躊躇うオルト。
「どうした?」
「あ、あの。姉様は、異世界人が好きになったのではないかと?」
「!」
私は目を丸くした。
「な、何? リリィが、あの男を好きになったと? どういうことだ?」
信じられないことだ、リリィが恋を?
しかも、何処の馬の骨かもわからない異世界の男に?
「親方様。私も、そういう感情についてはわからないのですが、様子を見る限りは間違いないかと」
オルトは冷静に答える。
私は、少し苛立ってしまった。
直ぐにでも当人を呼びつけて事情を問いただしたい所だが、接触するなと言っている手前、堪えるしかなかった。
「リリィが、恋を?」
「親方様」
「何だ?」
「そうであれば、リリィ姉様の様子が報告内容と合点がいきます。人によっては正体を失うぐらいになるようですから」
それを言われて、私は答えに窮してしまった。
何を隠そう、私もリリィの母プレアに一目惚れし、使命を忘れた過去がある。
私よりも先んじてシャランジェールがプレアに結婚を申し込み、プレアはそれを受け入れた。
そして、リリィが生まれた。
あの時の私は、自分の使命と心の衝動との間で、固まっていた。
「そうか? あの時の私と同じか? 因果だな」
私は呟いていた。
「はい? 親方様、どうされましたか?」
「いや、ひとり言だ」
そうか、そういう事なのか?
リリィよ。
であれば、辛いであろうな。
相手が、あの不甲斐なさそうな異世界人の若者なのが、とても気になるが。
そういう相手が気になるという所は、実にお前らしい。
お前の父も新しい事は大好きだった。
母も、そういう事には寛容な女だった。
きっと、自分が何故異世界から来た暗殺対象の男に心を振り回されるか理解できず、困っている事だろう。
「オルトよ。リリィが手にしたら、直ぐにでも皇国への潜入を試みるだろう。その為の準備をしておく」
「はい。今の姉様なら、多少近づいても気が付かないでしょう。その把握は簡単かと」
「ん? そんな状態なのか? まったく、……。わかった。ではそのように」
「はい、畏まりました」
リリィが、どんどん私の手から離れていく。
普通の親子であれば、どんな対応をしているのであろう?
娘に付いた悪い虫をして、抹殺するか?
「ふっ。私も馬鹿な事を考えるのだな」
自分の滑稽さに笑った。
「どうされました? 親方様?」
「いやオルトよ、何でもない」
「はあ?」
オルトよ、今のお前にはわかるまい。
私も普通の親ではないが、年頃の娘を持った親の気持ちが、少しわかったような気がしていた。
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