27.暗殺失敗
ルナとオルトが、慌てて私の執務室に入って来た。
「……? どうした、ルナ。オルト。 騒々しいな」
こんなに慌てているルナを見るのは久方ぶりだ。
仮面越しでもわかるくらい、動揺していた。
「お、親方様。姉さまが、リリィ姉さまが、失敗しました」
「ん? 失敗した?」
「はい」
「……」
しばらく三人の間に沈黙の時間が漂った。
「お、親方様?」
ルナが、心配そうな声で私を呼ぶ。
「そうか。失敗したか? で、リリィは今、どうしている。異世界人は?」
「はい。リリィ姉さまは行方不明です。私の部下でも所在を追いきれませんでした。それと、異世界人の男も不明です。何者かが手引きして、どこかに匿ったようです。かなりの手際の良さで、隊の者が到着した時には、宿はもぬけの空でした」
「死者はいないのだな?」
「はい」
私は、それを聞いて少し安堵した。
「親方様?」
私がリリィの失敗に言及しないのを不審に思っているようだ。
「このまま、リリィに命令の続行をさせよ。隊の人間は、一切かかわってはならぬ」
「え? ですが、失敗したことは帝国内部も認識しています。このままでは……」
威厳に関わると、ルナは言おうとしているのか?
「いや、皇帝からの命令だ。リリィ以外、関わってはならぬ。私も例外ではない」
私は、命令書を逆手に取って、リリィが自由に動くことが出来るよう配慮しようと考えた。
「で、ですが……」
「しつこいぞ! ルナ!」
「!」
ルナが、とっさに体を固くした。
私は、つい大きな声で、ルナを叱責してしまった。
「……、はい。親方様」
気落ちした声が、ルナの仮面の中から聞こえてきた。
あの若造が何をしたかは知らない。
だが、当人と関わった者も始末しろと命令にあるのだ。
その命令の内容を伝えることは出来ないが、ルナらに向かわせるわけには行かないのだ。
「その件に関して、他に報告は?」
「はい。正体が分からない者が、リリィ姉さまに近づこうとしていると隊の者から報告がありました」
「正体が分からない者?」
「はい。帝国の人間でも、皇国の人間でもないようです」
「そうか。その者達も、リリィに近づかせるな」
「はい。承知しました」
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「い、いえ」
ルナは、何か言いたげだった。
オルトは、言葉を発するのを控えている様だった。
「ルナ、オルト。お前達は、あの若造にもリリィにも近づいてはならない。その正体不明の連中も、関わらせるな。良いな?」
「はい」
ルナとオルトが、声を合わせて返事をする。
ルナは、その場で俯いて立っている。
リリィが失敗し、失踪までしていることが、信じられないようだった。
オルトは、そのルナに手を添えって、優しく支えている。
(リリィの奴め、また、熱くなりすぎてしまったのだろう。あれだけ、冷静になれと云って聞かせてきたのに)
異世界から来た若者が、リリィより強い奴だとは思えない。
何か、対策でもしていたか?
いや、そんな知恵の回りそうな奴なら、帝国から追放され暗殺指令など出されていない。
何かあの若造が、私の常識の通用しない事でもしたのだろうか?
それにしても、リリィを任命しておいて良かった。
他の者なら、とっくの昔に責任を感じて自決しているだろう。
あの負けん気の強いリリィの事だ、どんなに生き恥をさらしてでも、異世界人を始末しようと覚悟しているのだろう。
だが、その後は。
その後は、どうする、リリィ?
私の思惑通り、このまま逃亡する道を選んでくれるか?
あいつひとりなら、雲隠れすることは容易だろう。
その為の
生きよ! リリィ!
今はまだ、お前の結論を待つことにしよう。
つらいだろうな。
我々も何の手助けも、責任を取らせることもして来ないのを知ったら。
ルナやオルトらから、リリィがターゲットを探しまわっていると報告は受けていた。
それから数週間が過ぎた。
新たな報告があると、ルナとオルトが私の元にやって来た。
「そんなにわかりやすくか?」
私はルナに尋ねた。
「はい。あからさまに分かるように」
「ふむ。皇国側に何か仕掛けさせようとしているのだろう?」
「はい。それもありますが、……」
ルナが言葉を詰まらせた。
「ルナ、それ以上は……」
オルトが言う。
「どうした? 何があった?」
私は気になって尋ねた。
「はい。それが、……。姉さまが、姉さまが……」
俯いて、それ以上話せなくなっているルナ。
「オルト、どういう事だ。話せ」
「はい。親方様。姉様の……。その、探す姿が……。監視している者からの報告では、まるで徘徊しているように見えるとのことです」
「何? 徘徊しているようにだと?」
「はい」
いつも冷静なオルトも、少し驚いている様だった。
「そうか」
相手は、異世界人とはいえ、ただの若い青年だぞ。
リリィが、そんな状態になるほどの事など出来ないと思うのだが。
だが、直接呼んで確かめるわけにもいかない。
「グズッ。グズッ」
ルナが泣き始めた。
「どうした?」
「だって。だって……」
ルナは、この帝国暗殺部隊のリーダーなのだから、しっかりしてもらいたい。
だが、流石に慕っていたリリィが、何か苦しんでいるのを知って、何も出来ない自分を責めているに違いない。
「ルナ。落ち着くんだ」
いつもなら、冷酷に注意するオルトも、今日は優しい。
「オルトよ。この状況になっている原因については、調べはついているのか?」
「はい、親方様。どうやら、『ショウセツ』と言う物が関係している様です」
「何? ショウセツ? 何だ、それは?」
「はい。私も詳しくは。その『ショウセツ』を今手に入れさせている所です」
隣のルナを気遣いながら、オルトが報告をしている。
リリィ。
お前は幸せ者だな。
こうして皆、心配してくれているのだぞ。
「オルト、ルナ。今リリィが、どんな状態であろうとも、一切かかわってはいけないと言う命令は変わらない。良いな?」
「はい。親方様」
俯きながら応えるルナ。
「はい。親方様。承知しております」
オルトも続いて返事をする。
「うむ。皆の者にも伝えておけ。ただ、皇国の動きに関しては干渉するな。監視のみだ」
「はい」
二人は同時に返事をした。
「ルナ。リリィを信じよ。お前の慕っているリリィは、そんなに情けない奴だったか?」
すると、ルナはキッと顔を上げた。
「いいえ。姉さまは。弱い人ではありません」
「そうであろう。なら、信じることだ。お前とて、任務に失敗したとなれば動揺するだろう。ただの失敗ではないようだから、なおさらなのだろう。だが、リリィを信じよ。あいつなら、きっと乗り越える。役目を果たす。だからリリィを選んだのだ。わかったな」
「はい!」
「うん。良い返事だ。他に無ければ、もう下がってよい」
「はい」
そう言って、ルナとオルトは部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます