26.異世界人の暗殺指令。冥府の舞姫の運命の出会い
「なに? これはどういうことだ?」
今まで、非常に危険な任務の指令はいくつもあった。
だが、今回のは極めつけだ。
いや、来るものが来たというべきか?
『転移してきた異世界人の消せ、関係する全ての者も同様にせよ。関係する者には、その任に当たった者も含まれる』と書かれてあった。
普段なら、隊の人間に指令書を渡して寄越すのだが、帝国政府の役人自ら持って来た。
もちろん、その役人は、中に何が書いてあるか知らない。
そう言う意味では、『関係する者』には足らないという事だろう。
「『その任に当たった者も含まれる』か?」
その指令書には、帝国皇帝自らの印が押してあり、サインもしてある。
この国の誰も、覆すことは出来ない。
(誰にするか?)
私も、この帝国に染まりすぎたのか?
いや、そうでもないだろう。
帝国皇帝は、人外とどうやって接点を持ったのだ?
それからして、帝国皇帝の正体は、私の想像を超えているのではないかと思われた。
もちろん、根拠がないのだが。
「このような指令を切り抜けてくれるのはリリィ以外、他にいないな」
ルナも強くなった。
この隊で、リリィに次いで二番目に強い。
リリィを姉の様に慕い懐いてくれた。
オルトはどうか?
あいつは頭が固い。
この指令を命令したら、本当に自決しかねない。
ルナも同じようなものだろう。
異世界人を召喚し始めてから、私は帝国を見限るつもりで準備を進めていた。
私は、この国にも皇帝にも、忠義の心はない。
プレア、シャランジェールを失った時から同じだ。
最初から、プレアから預かったリリィが成長するまで耐えるつもりだった。
「ならば、余計に他の者に任せるわけにはいかないな」
私が動けば、皇帝が直ぐに手を打って来るだろう。
そして、この指令の狙いも、私がリリィ以外を指名しないであろうと見込んでだしているはずだ。
目的は、あの異世界人の若造を消すことではない。
若造一人消すだけならば、我らに頼らずとも、軍や警備を動かして実行すれば良いだけだ。
私は、それを警戒していた。
その際の対策として、皇国のスパイに情報を流し、万が一の時は引き取ってもらえるようにと考えていた。
私も鬼ではないから、不運にも呼びつけられた若造が理不尽な死を迎えることが無いようにしてやりたいだけだ。
そいつの運が良ければの話だが。
リリィを差し向ければ、色々な意味で失敗することは無いだろう。
他の者なら失敗する可能性が上がる。
失敗すれば、あの若造は皇国に助けられて逃る。
あの若造がどうなろうと知ったことではないが、任務にあたった者は死を選ばなければならない。
成功しても、失敗してもだ。
若者にはすまないことになるが、私はリリィが生き延びる事を選ぶ。
その為に、帝国に残ったのだ。
「リリィに、……。任せるか?」
見慣れた天井を見上げながら、分かり切った結論をしようとしていた。
だが、それにあたって伝えなければならないことがある。
誰にも手伝わせるなという事だ。
手伝わせれば、その人間を始末しなければならない。
その手間は、省きたかった。
リリィに、その連中まで始末する時間を掛けさせたくなかったからだ。
「まあ、リリィならば、ひとりでやれるだろう。大した任務ではない。暗殺する程度の事は。問題は、リリィが生き延びる判断をしてくれるかどうかだが」
隊員すらも始末しろと指令書を出すという事は、私も監視されている。
拒否して、余計な事をしないだろうかと見ている事だろう。
迂闊な事は、言葉にして伝えない方が良いだろう。
だが、リリィは分かってくれるだろうか?
私は、隊員が詰めている隣の部屋に入った。
「おい! 誰かいるか?」
「はい、親方様。何か御用で?」
「リリィを呼べ!」
「はい、親方様。直ぐに伝えてまいります」
私は執務室に戻り、リリィが来るのを待った。
(何か良い方法は無いか? このまま、リリィと二人で帝国を出るか? いや、それも情けない事だな)
自分らしくもない事を考えていた。
他の隊員達だったら、こういうふうに悩むだろうか?
リリィだけを特別視しないよには気を付けていたが。
こうして悩むという事は、そうではないのだろう。
コンコン!
ドアをノックする音がした。
「リリィです。親方様」
「うむ。中に入れ」
リリィは仮面を付けたまま、私の机の前に片膝をついて座った。
私は、指令書を広げ、似顔絵をリリィに見せて、こう言った。
「リリィ。この異世界人を消せ。この男に深く関わった者も含めて、全ての人間を」
その命令を聞き、リリィが思わず顔を上げる。
仮面をしているので表情全てを見ることは出来ない。
だが、リリィの目は驚きの目をしていた。
「はい」
リリィは、ハッキリと返事をする。
「その男については、これに詳しく書いてある。リリィ。これは、お前ひとりで行え。他の協力者を頼むことは認めぬ」
そう言って、その指令書をリリィに手渡した。
リリィはそれを受け取り、再び控え直して次の言葉を待っている。
「リリィ。これまで、ご苦労だった」
「?」
私の言葉を聞いてリリィが、慌てて顔を上げようとしていたが思いとどまった。
「……。では、行ってまいります」
リリィは深く一礼し、部屋を出た。
(リリィよ。……。うまく切り抜けてくれ)
私は、プレアとの約束が、これで守れなくなってしまう事になりそうで非常につらかった。
(何のために、ここまで耐えてきたのか? リリィに逃げよと言えば、他の隊の者が皇帝に敵視される。プレアですら勝てなかった相手。人外とも取引し、転移魔法の為に大聖堂まで作る奴だ。この人数では逃げたとしても、一年と持たずに見つかる。残しておいても、隊員達はどう生きれば良いかとなる。それに、ここまで暗殺者として育てた責任を、放置するわけにはいかぬ。あの子らは、私を信じて暗殺者として生きる道を選んだのだから)
「いかんな。つい悲観的考えてしまっている。リリィの事となると、冷静さを失うから困ったものだ」
見慣れた天井を見上げながら、分かり切った結論をしようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます