29.リンド皇国への圧力。そして、叶うプレアの願い

 ルナから異世界人が書いた小説をリリィが手にしたという報告が来た。

 手に入れた後の軽食屋を出た後の足取りは、流石に終えなかったらしい。

 恐らくは、今夜潜入を開始するだろう。

 いよいよである。


「オルト。リンド皇国との外交交渉の予定は今夜だな?」

「ハッ! 帝国政府の尻を叩いて、日程を強行させました。正直帝国としては、黙っていてくれればどうでも良いというスタンスでしたので、少し危うかったのですが」

「まあ、そうであろうな。ゆっくり外交交渉で圧力をかけたいところだろう。だが、そうはいかん。リリィの状況は、どうか?」

「はい。行方が追えなくなった地点には、隊の人間を配置しています。姉様が知らない新人を配置しました。仮面を付けていないと流石に負えないでしょうが、同じ年恰好の若い女性が来たら報告せよと申し付けてあります。それと、お親方様もよんでおられるとおり、皇国とも近い川の国境付近の岩場あたりかと。そこにも隊の新人を配置しております」

「ふむ。リリィが色ボケていなければ、悟られずに岩場へ付いてしまうだろう。それに備え、私が会談前に、そこに行く」

「親方様が?」

「まあな。使命を果たしに行くのか。色恋の為に行くのか。その両方なのだろうが、リリィと会うのは最後になるはずだ。最後の命令を出して、リリィの迷いを断ち切ってやりたいのだ」

「はい。畏まりました。……。姉様は、ビックリするでしょうね」

「フフフ。そうだな。今まで放置しておいて、いきなり隊の人間が現れたかと思ったら、私が現れるのだからな。流石に、リリィでもびっくりするだろう。まあ、少しぐらいは脅かしてやらんとな。これくらいは許されるだろう」

「親方様も、お人が悪い」

 ビックリするリリィの姿を想像し、私とオルトは笑った。

「ルナにリリィ潜入の為に必要な物を用意させよ。大きさは荷袋ひとつ分だ。現地での金銭なども用意しておけ。着替えも入れておけよ」

「はい。直ぐ用意するよう伝えます」

「リリィが岩場付近に向かった時点で、我が隊の全員を会談の外交官邸に向かわせよ」

「全員でしょうか?」

「そうだ。全員だ。理由はわかるか? オルトよ」

「えっと、あの『鋼鉄の壁、ガルド』達を外交官邸に向かわせる為ですね」

「そうだ。私だけでなく、帝国暗殺部隊の全員が立ち会うとなれば、ガルドも動かざるをえまい。そうすれば、リリィの潜入が多少は楽になるはずだ」

「確かにそうですね。その男と腹心が指揮担当として一時的にも空白を生じさせれば、姉様なら容易に入れるでしょう」

「うむ。よろしく頼む」

「親方様」

「何だ?」

「本当に、行かせて良いのですか?」

「……。どういう事だ? 任務失敗のケジメでも付けさせた方が良いと言うのか?」

「いえ、そう言う意味ではありません。その……。赤ん坊の頃から姉様を育てて来られたのに。任務失敗の上に、異世界の男に心を惹かれて失踪してしまうことになるので。その……」

「情けないか?」

「いえ。そう言う意味では」

 

 オルトが言わんとしていることは、何となくわかる。

 まるで、自分の娘の様に育ててきた娘である。

 他の子等と贔屓ヒイキしないように育ててきた。

 暗殺者として育ててしまったが、やはり恋する乙女だったということだ。

 相手が、この世界の人間だったら、リリィも分別が付いていたかもしれない。

 だが、次元を超えて、その若者はやって来た。

 勝手に連れてきたのだから、非は我々の世界の人間にあるのだが。

 転移の時に、もっと若者の人物を観察しておけば良かった。

 どんな若者だろうか?

 大聖堂は、元はプレアが神官をしていた大神殿のあった場所だ。

 もしかしたら、あの若者が選ばれたのは、プレアの意思が働いたのかもしれない。

 もはや生きてはいないが、我が娘の為に何かしらの仕掛けをしておいたのだろうか?

 プレアなら、それくらいの事をやってのいそうな気もする。


 だから、リリィは心を惹かれたのだろう。

 プレアが無意識の内に、この若者と共に生きなさいと、娘のリリィに伝えていたのかもしれない。

 全ては、私の想像に過ぎないが。


 案の定、会談は揉め始めた。

 皇太子らは、来てはいないと報告を受けった。

 まだ、一回の交渉で結論が出ることは無いから、現れないのだろう。

 先に会談に立ち会わせている隊員から、応援要請の知らせが来た。


「いよいよか?」

 私は、リリィに渡す最後の命令書を用意し、リリィに渡す最後の荷物の荷袋を手にした。


「親方様。リリィ姉様が、向かったらしいとのことです」

 隊の連絡係が報告して来た。

「そうか。らしいとは、追いきれなかったのだな」

「はい。流石姉様です」

「ふむ。それならば、潜入でドジを踏むこともないだろう。好都合だ。では、兼ねてからの命令通り、全員外交官邸に終結させよ!」

「ハッ!」


「さて、私も向かおうか」

 

 執務室を出て、根城を後にする。

 国境付近の岩場には、人気はない。

 帝国と皇国が最も近い所であるが故に、国境の警備は厳しい。


 ここは、何度か潜入を試みさせた場所でもある。

 だから、ガルド等も重点的に警備をしている場所でもある。


 ここだけでなく、他も手薄にさせる為に、我ら帝国暗殺部隊が一斉に外交官邸へ全員を終結させるのだ。

 

 その国境付近の岩場に恐らくいるであろうリリィの近くに、気が付かれない様に近づいた。


(いた!)

 リリィが、いた。

 

 移動には、恐らく仮面を外して移動したのだろう。

 そして、持ち前の潜伏スキルで隊の人間の監視をかわし、移動したのであろう。

 やはり、潜入の機会を伺っている様だ。


 国境沿いには、強い気配を出しているのが三人いる。

 特に強いのが、ガルドだろう。

 リリィには、気配は感じるが場所が特定出来ないと言った所だろう。


 気のせいか、しばらく見ないうちに随分と女らしい姿になった気がする。

 私は、思わずハッとした。

 躊躇いもなく暗殺を実行していた時の覇気とは、明らかに違う。

 顔は仮面で見えないが、その姿はプレアの若い頃の姿と同じなのだろうか?

 

 この私が、声を掛けるのを躊躇っている。

 今ここで、声を掛けるのは、逆に邪魔をしてしまうのではないだろうか?

 それとも、仇の様に手向かって来るのであろうか?

 監視するつもりはなかったが、しばしリリィの後ろ姿を眺めてしまっていた。

 しかし、リリィは潜入で困っている様子だ。

 やはり、私が外交官邸に向かわないと状況は厳しいだろう。


 私は、意を決して声を掛けた。


「リリィ。お前でも、これを突破するのは難しかろう」

「……!」

 ビックリしたリリィが振り返り私を見た。

 仮面越しに見える目から、とても緊張しているように感じた。


「はい。3人程、強く警戒している者がいるようです」

 リリィは、勤めて冷静に返してきた。

「いま、近くの外交官邸で、交渉が行われているのは知っているな」

「はい」

「交渉が長引いている。我らも裏から圧力をかける為に、総がかりでそちらへ向かうことになった」

「……。はい」

 そう答えるリリィの声は、落胆しているように聞こえた。

「これから、私もそちらに向かう。さすれば、ここで警戒している者達も、私を追ってくるだろう」

 私は、袋をリリィに投げて渡した。

「リリィ。お前は、その隙に”皇国に潜入”せよ」

「?」

 リリィは、驚いたかのようにして私を見上げた。

 きっと、一緒に付いて来いとでも言われると思ったのだろう。


「は……い」

 リリィの声は、少し震えていた。

 目が潤んでいるせいか、キラキラと輝いていた。

「ん? どうした、リリィ。泣いているのか?」

「い、いいえ」

 気持ちを抑えるようにして、リリィは答えた。

「つらくて泣いているのか?」

「いいえ」

「任務を果たした後に、死ななければならないことを悲しんでいるのか?」

「いいえ」


(やはり、そうか。あの若造。あの男。あの若者。あの異世界人が、好きになったのだな)


「では、嬉しくて泣いているのか?」

「……」

 リリィは、返事をしなかった。

 だが、涙が仮面の下から顎の下をつたわって、ポタリと落ちているのが見えた。

 私は、リリィを静かに見つめていた。


「そうか」

(そうか、あの異世界人が、そんなに好きか? そうか)

 プレアに出会って、リリィを預かり、人殺しの手伝いをさせてまで育ててきた過去を振り返る。


(随分と酷い事を教えたな。私は。プレアは、それで良いと言い切っていたが。プレアよ。リリィが私達の手から離れようとしている。シャランジェールよ、プレアよ。ちゃんと見ているか?)

 

「リリィよ。その荷袋の中には、潜入後に着替える衣装等が入っている」

「はい!」

「命令書は、現地で確認せよ!」

「はい!」

 リリィよ、良い返事だ。

 

 そして、私は最後の命令をした。

 

「では、行け!」

 そう言い放った後、リリィのいる場所を離れて距離を取り、潜めていた気を解放した。


 ガルドらの目を引くために、近くの岩場をワザと砕いて大きな音を出して飛び出した。

 これで、皇国側の警備の目を引き付ける事ができるだろう。

 付いてこなければ、使役の力を使い、会談を押し切るまでだ。

 

(そうだ、ガルド達よ。そのまま、私に付いて来い! 来なければ、会談は不利になるぞ!)

 

 私は、潜んでいるリリィが気が付かれないように、外交官邸に向かって出来るだけ派手に移動した。

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