23.繰り返される、非道な実験

 長い間放置されてボロボロになっていた大神殿は解体された。

 転用出来る一部の資材は、そのまま使われた。

 プレアの力が残っているかもしれないとして、最大限利用する為と言っていた。

 大神殿のあった場所が、大聖堂の中央になるよう建て替えられた。

 大神殿の時より、大きな建物である。


 大魔法陣を描く予定の内室を囲む様に通路が作られた。

 外部の影響を遮断する為だ。

 内室の方の内側は、様々な絵画が飾られた。

 単なる空間とするよりも美術館の様にするつもりかと思ったが、その絵は転移魔法を有効に機能させる鉱石類等を使って描かれている。

 多少は美的感覚のある奴もいるようだ。

 

 天井にも絵が描かれてある。

 抽象的だが、これから帝国が世界各国を支配下に置くイメージのような物が描かれていた。

 もちろん、その絵も転移魔法を有効に機能させる仕組みが施してある。


 どうやら帝国皇帝は世界の支配者になるつもりらしい。

 なるほど、人外とも取引するぐらいだ。

 その程度の野望はあるだろう。

 

 私には関係ない事だが。


 いくつかの隠し通路も用意された。

 脱出用も兼ねているが、秘密裏に転移魔法を実行する為に、表から入らなくても済む様に設計されている。

 正面から出入りが多ければ、何やら始めるとわかってしまうから悟られない為に用意している。

 

 帝国内外から魔導士が呼び集められ、転移魔法について研究が進められ始めた。

 これに敏感に反応したのはリンド皇国だった。

 だが、何が行われようとしているかまでは、正確にはわかっていないだろう。

 帝国政府からは、リンド皇国の干渉を警戒するよう命令が出た。

 だが、私は従うふりをして、彼らの諜報活動を見逃す事にした。


 転移についてある程度方法が確立して来ると、実験が進められ始めた。

 しかし、実験を進めていくと、失敗による犠牲者が出始めていた。


 正体不明の物を呼び寄せたり、帝国領内の指定の場所に転送した者の行方不明になる者。

 しかし、それでも転移魔法の実験は進められていった。

 

 私の心配は、この実験で我が隊の隊員達が使われる事であった。

 だが、それは少し杞憂キユウであったようだ。

 ただでさえ補充の効かない暗殺部隊である。


 しかし、実験が成功し、実際に運用し始めれば、これで送られることになるのだろう。

 いちいち国境を越えて潜入し、警備の目を掻い潜って行く必要がなくなるのだから。


 暗殺部隊も、高度な訓練をする必要もなくなる可能性がある。

 そうなれば、これまでの待遇の良かった所も見直される。

 秘密を多く抱えている我ら事態が、粛清の対象になるかもしれないのだ。


 この転移魔法大聖堂は、我らにとっても脅威となっていくだろう。

 何か、対策をせねばならない。

 しかし、虎の子の大聖堂の警備は厳重だ。

 やれるとすれば、チャンスは一度きりだろう。

 

 そして、転移魔法の実験は、いよいよ佳境に入っていく。


「リーゲンダ候。どう思われますか?」

 そう尋ねてきたのは、この大聖堂を取り仕切ることになる大司教様だ。

「どうと言われますと?」

「成功すると思われますかね?」

「いや、こちらの方は専門外なので、正確には答えられませんな」

「まあ、そうでしょうが、いよいよこれで帝国の国力も強化されることになりますな」

「確かに、そうでしょうね」

 私は適当に、話を合わせておいた。


 この大司教様は、プレアが健在だった時に皇帝側についてプレアと対立した神官のひとりだ。

 そして、大司教様は、転移魔法でリリィの脅威となる事を始めようとしていた。


 いつか、リリィの力の真相を知り、それを取り込もうとしだすだろう。

 プレアが転移の力で逃避行を続けていたという報告は受けているはずである。

 実験が手詰まりになったり、さらなる成果を求めだしたら、リリィの安全が危うくなる。

 そして、それは、この世界にとっても危険なことになっていく。


 リリィは、まだコントロールできていない。

 母プレアは、大神官としての使命から、これを使いこなしていた。

 また、その必要がないときは、例え自分の命に関わる事であっても使わない覚悟を持っていた。

 

 未熟なリリィが力を暴走させてしまったなら、非常に危険なことになる。

 何百という人外魔獣を捕らえ、潰してしまうことすら簡単にやってのけている。

 

 何か手を考えなくてはいけない。

 何か、手を。

 何か、良い手を。


『この子は、自分で切り開きます』とプレアは言ったが、リリィを預かった私として、出来るだけのことはしてやりたい。

 単に逃して助られるのなら、いつでもそうする。


 だが、それでは駄目なのだ。


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