19.再々訪れる約束の災い
使役の力で暴走を抑え込まれたリリィは、両手に剣を握りながらだらりと下げ、棒立ちしていた。
目は、暴走していた時よりは落ち着いている。
だが、かなり無理をして抑え込んでいるので、目は焦点を失っているように見える。
私は、近づいてリリィの様子を見てやった。
「大怪我をしているところはないな」
他の子達は牙や爪でズタズタなのに、リリィはかすり傷程度だった。
この様子を見ても、リリィの戦闘能力がかなり高くなっているのがわかった。
「もう、リリィに教えることは残り少ないな。後は、プレアから引き継いだ力をコントロール出来るようにしてやるだけだ」
それが出来ればリリィは私より強くなり、帝国最強の暗殺者となることになる。
帝国最強の暗殺者リリィが誕生するのだ。
「プレアの約束は果たせたかな?」
私は、少しホッとした。
「良くやった、リリィ。強くなったな。本当に、強くなった」
私は、リリィを抱きしめて褒めてやった。
「ヴ、ヴ、ヴ」
リリィが小さく呻き声を上げる。
「む! すまん、苦しかったか? リリィ」
私は、嬉しさのあまり強く抱きしめてしまっていた。
しかし、そのホッとした時間は直ぐに終わる。
周りに黒い霧の様なものが広がり、周りの空気が重く氷の様に冷たくなっていく。
腰の両方に付けている二本の聖剣が、よりいっそう「キ――――ン!」と甲高い音をたて光り輝く。
「リリィ。疲れているところすまないが、もう一仕事しなければならないようだぞ」
私は、意識の無いリリィと共に、周りの黒い霧を警戒する。
黒い霧の中から人外魔獣が一体づつ這い出てきた。
その数は、数十体。いや、数百匹はいるだろう。
私の時よりも、数が多い。
私とリリィは、大群の人外魔獣に取り囲まれた。
「キケケケケッ――!」
不気味な甲高い声。
ガチャガチャと騒がしい足音。
目の奥が真っ黒の骸骨の頭をしているもの。
もちろん、あのデカい頭蓋骨と背骨に肋骨が足の様に生えた魔獣もいる。
「久しぶりだな。人外! お前は、あの時左側にいた奴だろう?」
そうだ。
ジッとリリィを凝視して、目を逸らさなかった左側にいた人外。
それが、ついにやって来たのだ。
『リ、リーゲンダ。そ、その娘寄越せ。我らが使う! その娘、寄越せ!』
人外に話など通用しない。
だから、私は答えなかった。
『リーゲンダ。いくらお前が強かろうと、無駄。こちら、数、沢山。仲間、沢山いる』
私が恐れてたこと。
人外が数で攻めてくること。
それが今、現実のものとなった。
リリィは使役の力で、私の命令がない限り自主的に動くことが出来ない。
もちろん、戦えと言えば戦うだろうが、意識のある時のような華麗な動きではない。
命令の仕方もあるだろうが、まだ使役の力を私も使いこなしてはいなかった。
今かけている使役の力を解除したとしても、今度は暴走したリリィが、無差別に攻撃し続けるだけだ。
大半はやれるだろうが、それを想定して奴らは数で攻めて来ている。
奴らにとっても、正念場なのだ。
ここで、リリィを我が物にするか、殺すかしない限り、自分達の行く末に脅威が存在し続ける。
だから、必死なのだ。
私はリリィを庇う為、剣を抜いて構えた。
「キシャァァァァ」
雄たけびを上げる人外魔獣達。
「やはり、これだけの数だと、リリィを庇いつつ戦うのは無理だな」
普通なら、ここで万策尽きたという事になるだろう。
だが、私にはひとつの秘策があった。
「よし、やってみるか!」
私は、手にしていた剣を鞘に戻した。
『んんん? どうした? リ、リーゲンダ。リリィ、こちらに渡すか?』
暗い穴の開いたような目をこちらに向け、人外が尋ねてきた。
「リリィよ! 私達の周りに結界はれ! お前の母プレアが張った同じものを! 出来るな?」
すると、リリィは棒立ちのまま、こう答えた。
「はい。親方様」
薄く目を閉じ、顔を少し上向けた。
閉じた目の先は人外達の方に向けている。
リリィの胸のあたりが光りはじめ、黄色や銀色の光が渦を巻いて段々大きくなっていった。
それがグングンと拡大していき、私達の周りに展開して固定されていく。
『!』
驚く人外達。
『そ、それは。あ、あの女神官が張っていた結界! な、なぜ、その娘が出来る? ま、まだ出来ないはずだ』
人外が尋ねてきたが、私は無視した。
プレアからは、どうやって展開するやり方について具体的に私も聞いたことはない。
だが、結界について『違う空間にいたようなもの』と言っていた。
あの時のプレアは、姿を消すことも出来たようだが、今回は必要ない。
そして、プレアが最初に聖剣化した時の様に人外の攻撃を跳ね返せれば良いだけなのだ。
リリィは、不十分な覚醒状態でも人外魔獣達を切り刻むことが出来ている。
転がっている人外魔獣は、全てリリィが切ったものだ。
聖剣化ではなく、違うやり方で。
私が暗殺者として教えてきたから、それを無意識の内に剣として使えるようにしたのだろう。
だから、リリィは剣で人外魔獣を切ることが出来た。
プレアと赤子のリリィがしてくれた聖剣化とは異なるやり方だ。
「キシャァァァァ」
何十体物人外魔獣が、私達に向かって襲い掛かって来た。
ババンッ! バンッ! バンッ! バンッ!
無数の衝撃音。
全ての人外魔獣がリリィの張った結界に阻まれて衝突した衝撃音だ!
『な、何? 通れない?』
驚く人外。
阻まれてもなお食らいつこうとしている人外魔獣に、私はゆっくり近づいた。
そして。
「ギャ――!」
私は右腰の剣を鞘から抜き、その人外魔獣の何体かの頭を叩き割った。
粉々に砕けて消えていく人外魔獣。
私は、右の剣を両手に持ち、人外魔獣を切った。
右の剣はシャランジェールの使っていた剣だ。
私はあえて、この剣を使った。
「ギャ――! ギャ――! ギャ――!」
人外魔獣達は、怯えて後ずさりをして距離を取る。
『剣が、結界を通る! わ、我らだけ、切られる――! おのれ――! おのれ――!』
悔しがる人外。
後ろや横などから、我々の視界の隙をついて、噛み砕こうと何十体もの人外魔獣達が飛びかかって来た。
だが、リリィの張った結界は、決して破られることは無かった。
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