18.リリィ・覚醒

 「早く、リリィ達の所に向かわねば」


 前回初めて人外と対峙した時は、撃退するだけで手一杯だった。

 プレアが私とシャランジェールの剣を聖剣化してくれ、人外と戦えるようになっていてもだ。

 それだけでは、強靭な人外の体を切るまでには出来なかったからだ。

 それでは、戦いは出来ても倒すことが出来ない。

 

 人外は、あらかじめ聖剣への対処を考えていたのだろう。


 しかし、まだ赤ん坊だったリリィが無自覚に聖剣に力を加え、人外を切れるようになってようやく一体を撃退した。

 運よく”前の国”が崩壊したことも重なり、人外達がリリィに興味を失い戦いは一旦終わった。


「シャランジェールよ。この聖剣が、お前の手にあったなら、二人とも無事だったろうに。人外との接触が、もう少し遅ければな」

 私は、悔しさで一杯だった。


 逃がしておいた馬に乗り、リリィらが訓練しているはずの場所に向かった。


 近づいて行けば行くほど強くなる、いつも良く嗅ぐ嗅ぎなれた匂いがしてきた。

 血の匂いだ。


 最悪の事を覚悟はしたが、鍛え上げて来たリリィが簡単にやられるとは思わなかった。

 仮に相手が人外で合っても、私が行くまでは持ちこたえている期待があった。

 ただ、他の子達は、難しいだろう。


 谷を抜け、人気のない山林を分け入って行く。

 腰の聖剣は、ずっと光り振動しっぱなしだった。

 まだ、人外の脅威が存在している事を物語っていた。


 馬の足を緩め、慎重に進む。

 戦っている雰囲気が無い。

 決着が既についてしまっているのか?


 広場の前で馬を降り、そこへの道を進む。

 剣はまだ抜いていない。

 だが、二本の剣は光り輝き、振動を止めていなかった。


 足元には、血だまりが広がっていた。


(人外の気配はない。人の気配は?)


 私は嫌な予感をしていた。

 覚醒したリリィが暴走し、敵味方構わず切り殺してしまっているのではないかと。


(リリィ、無事か? 他の者も無事か? リリィ、これはお前の仕業なのか?)


 予想した通り、リリィと共に訓練していた子らの遺体が散らばっていた。

 そこには、自分が育てた訓練生の無残な遺体が転がっていた。

 あちこちに、折れた剣も散ばっていた。

 不思議なことに、人外魔獣達の切られた体も転がっていた。

 私の剣で切った時は、砕けて消えて行って何も残っていなかったのに。


 遺体は見慣れている。

 だが、誰がこうしたかが問題であった。


「この切られ方は、刃物ではないな」

 暗殺部隊の子達の遺体のひとつひとつを調べた。


 切られた後が刃物ではく、牙や鋭い爪等であるとわかり、少し安堵した。

 しかし、人外の方は、刃物で切ったようであった。

「おかしい。普通の剣では、人外は切れないはずなのに」

 これは、やはり……。


「リリィは? リリィは、どこだ?」

 

 ひとりだけ、血だらけで虚ろな目をし、「ヒュー、ヒュー」と肩で息をしながら座り込んでいる少女がいた。


 リリィだ!

 リリィは死んだ仲間を抱きかかえ、仮面を付けたまま天空を見上げていた。


「仲間を庇いながら戦ったのか?」


(そうか、そうか)

 手練れの暗殺者達でさえ、人の死の外側にいる化け物に戦慄し、逃亡したりするものもいたくらいだ。

 まだ大人とは言えないリリィ達にとっては、かなりきつかったであろう。


 自身への死の恐怖と、人外魔獣への恐怖。

 初めて、自分の力では及ばない恐怖。

 仲間が次々と命を落とし、無残な姿になっていく恐怖。


 正気を保てという事自体がおかしいのだ。

 

「リリィ。無事か?」

 かなりの血にまみれていたが、体についている血はリリィのものではないようだ。

 怪我をしているように見えない。


 リリィからの返事はなかった。


 私が声をかけても、うつろな目で空をジッと見上げている。


「リリィ?」


 リリィの顔がこちらを向き、私に視線を合わせて来た。

 その眼は虚ろで、どこに焦点が合っているかわからなかった。

 仮面をしているので、表情までは分からない。


「リリィ!」


「う”う”う”う”う”う”ぅぅ――」

 リリィが唸った次の瞬間、私に切りかかって来た。

 普通、少女が発することのない呻き声を上げながら。


「!」

 私は反射的に剣で切ろうとした。

 だが、それを堪えた。

 素手で、リリィの両腕を掴んで止めた。

 

「むっ!」

 リリィが腕を振り払ったと同時に、私は吹き飛ばされた。

 

 辛うじて踏ん張り、倒れる事は避けることが出来た。

 しかし、リリィは間髪を入れずに再び切りかかってくる。


「う”う”う”う”う”う”ぅぅあ――」

 溜まらず剣の柄でリリィの剣の側面で叩き、剣筋を反らした。


 二歩、三歩と後ろに飛び下がって距離を取った。


「リリィ! しっかりしろ! 目を覚ませ! 力に振り回されるな! リリィ!」

 使役の力は使いたくなかった。

 今後、リリィにとっては何度も同じ状況に陥るだろう。

 その度に私が抑えるわけにはいかない。

 

「う”う”ぅぅ――」

 両手をだらりと下げて、虚ろな目でこちらを見てくる。

 仮面越しでも、その眼は死んでいるような目であることが分かった。


「やはり、このままでは駄目だな。いくら暴走しているとはいえ、動きが雑過ぎる。スピードや力は私を上回っているようだが」

 それにはやはり、力を覚醒させながらも、意識下に置いてコントロールできなければダメなのだ。


 俯き、しゃがみ込むリリィ。

 次の瞬間、こちらに突進して来た。


 剣先が私の脇腹をすり抜けた。

 僅かに切られ、血が飛び散る。


 リリィをたたき倒して、横に飛ばした。


「がぁ!」

 叩きつけられて、流石に呻き声を上げるリリィ。


「リリィ! 不甲斐ないぞ! リリィ!」

 だが、その呼びかけに答える様子がない。


「ふぅむ。仕方がない。これまでの様だ」


 むくりと起き上がるリリィ。

 そして、少し間を置いてから、また切りかかって来た。


「控えよ! リリィ! 私に従え!」

「が、が、が。……」

 しばらく固まったままでいたが、やがてリリィが意識のないまま答えた。


「……。はい、親方様」


 本格的に覚醒した力は、まだリリィにはコントロールできなかった。

 私はやむを得ず、使役の力でリリィを抑え込んだ。

 

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